「道具屋殺人事件」
「えっ、な、何? 一体、何がわかったの」
「まあ、いい。今度の水曜日、俺の噺を聞けば、お前にも全部呑み込めるはずだから」
「水曜日って、墨念寺寄席のことでしょう。あっ……じゃあ、『らくだ』の新しいサゲを思いついたのね」
「ああ、そうだ。ふふふ。こいつは、我ながら、なかなかの思いつきだぞ」
「道具屋殺人事件」愛川晶著(原書房) ISBN: 9784562040964
噺家二つ目の寿笑亭福の助が、身近で勃発する事件の謎解きに挑む連作集。
とにかく落語をめぐる蘊蓄が満載で、読んでいて楽しい。楽屋を飛び交う符丁やら、古今の名人のエピソードやら。なにしろ車椅子探偵役を務める病気療養中の師匠は、三題噺のかたちで謎解きのヒントを授けるのだ。うーん、お茶目ぶりがチャーミング。
主役夫婦の造形も爽やかだ。古典落語について人一倍研究熱心な福の助。そんな夫を支え、自分も重症落語ファンになりつつある感じの妻、亮子。種明かしのクライマックスは必ず、福の助が精魂こめてつとめる高座のシーンになっている。
演目はあくまで古典だけれども、それを現代に生かすために噺家は知恵を絞り、様々に工夫をこらすんですねぇ。まさに座布団一枚の小宇宙。肝心の謎解きよりも、落語そのものを堪能しちゃう感じです。あ、いや、謎もちゃんと解けるんですけれども。
古典というものが単純な笑いではなく、大衆芸として庶民の暮らしに潜む残酷さとか、悲哀とかを含んでいることも再認識できて興味深い。ああ、寄席に行きたいなあ。(2009・10)
◎◎「道具屋殺人事件」 愛川晶 原書房 1890円 2007/9 「本のことども」by聖月
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