「茗荷谷の猫」
せっかくこの町に来たのだ。一粒でもいい、変化を欲していた。
「茗荷谷の猫」木内昇著(平凡社) ISBN: 9784582834062
江戸末期から終戦後の東京まで、点々と続いていく市井の人々の運命のつながり。
本好きブロガーさんの間で評判だった連作集を読む。順に時代をくだりながら、様々な人生の変転を綴っていく。巣鴨・染井に住み、染井の吉野、すなわちソメイヨシノを世に送り出す植木職人とか、夫と心がすれ違ってしまった女流画家とか…。短編同士は一見無関係なのだけれど、エピソードが控えめに重なり合っていて、そのささやかな連鎖が、人の世の奇跡をしみじみと感じさせて、巧い。
登場人物はそれぞれ、何らかの情熱を内に抱えているようだ。あえて武士の身分を捨てて、名も無き一人の植木職人として生きたい、あるいは、平凡な勤め人の妻でありながら、画家として色彩への衝動を解き放ちたい。
各編に共通して印象的なのは、ストーリーの随所に観光名所といった当時の風俗が織り込まれていて、都市の日常が行間から感じられること。陰の主役はこの「街」ではないか、と思えてくるほどだ。どんな家に住み、どんな娯楽を楽しむか。人はそういう時代、時代の平均的な暮らし向きというものから、どうしたって逃れられない。しかし内に情熱を抱えていると、それがちょっとずつ日常からはみ出してしまって、ささやかなドラマにつながる。
連作の中では「隠れる」が、コミカルで楽しい。父の遺産で隠遁生活を送ろうと目論んだ人嫌いの男が、避ければ避けるほど他人との関わりに巻き込まれていく。本郷の古本屋にある、秘密の小部屋のイメージが秀逸だ。こういうところ、本当にあったら怖いなぁ。(2009・10)
「茗荷谷の猫」木内昇 本を読む女。改訂版
『茗荷谷の猫』 木内昇 Roko’s Favorite Things
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COCO2さん☆おはようございます
「隠れる」の耕吉さんの悩み方が面白かったですね。
目立ちたくても目立てない人、隠れたくても隠れられない人、人生とはままならぬものです。(^^ゞ
Posted by: Roko(COCO2さんへ) | October 18, 2009 10:01 AM
ども。
実は途中まで、筆者は男性だと思ってたんですよ。ちょっと出久根達郎さんを連想してました。
Posted by: COCO2 | October 18, 2009 10:33 AM