「影武者徳川家康」
「風が鳴っている」
「この二日、大風が吹き続けでございます」
何事もないように六郎が応えた。
「わしの一生は、ずっと風に吹きっさらしだったよ」
「影武者徳川家康」隆慶一郎著(新潮文庫) ISBN: 9784101174150 ISBN: 9784101174167 ISBN: 9784101174174
天下分け目の関ヶ原で、実は家康は暗殺されていた。そこから始まる、影武者・家康の壮絶な闘い。
SNS「やっぱり本を読む人々。」選出の「100冊文庫」から、気になっていた時代小説を読む。ネット書店で上、下巻を入手して読み始めてから、「中巻につづく」とあるのに気づいて、慌てて追加注文。いやー、長かったです。
初めのうちは、先入観を覆す歴史上の人物の設定に引き込まれた。例えば重臣・本多正信の心意気。ストーリー上は脇役であっても、一人ひとりを題材にして十分に長編小説が書けるくらいにエピソードが充実していて、飽きさせない。島左近の悲運の娘、お珠とか。
次に、「武器を使わない果たし合いシーン」の連発を楽しんだ。もちろん時代物らしく、柳生の剣豪やら、超人的な技をもつ忍びやらが登場する、派手なチャンバラシーンもある。しかし物語のおおかたは、権力のバランスをめぐる裏舞台での駆け引きであり、つまりは権謀術数だ。そこで成否を握るのは、人と人が出会ったとき、一瞬で「人物を見切る力」。こいつは信用できるかどうか、いざというとき腹が据わっているか。男も女も、そういう人としてのスケール、度量で競いあう。痛快だ。
面白く大長編を読み進むうち、やがて大きなテーマが浮かびあがる。時代を動かす男たちが、たったひとつ願う夢。壮大で、不敵だ。ああ、上巻で長々と語られる若いころの流浪談は、こういう風に生きてくるのか、と膝を叩く感じ。
かつての日本に、本当にこんな男たちがいたとしたら。荒唐無稽でいて、史料を縦横に引用する力技には迫力がある。若いころ小林秀雄に師事し、テレビドラマなどの脚本家として成功、還暦を過ぎてから小説を書きだしたという、作家のストーリーテラーとしてのパワーが凄い。
「影武者徳川家康」隆慶一郎 本を読む女。改訂版
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