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September 26, 2009

「わたしたちが孤児だったころ」

門をくぐったとたんにーー明らかにそうだと告げるものは何もなかったのにーー遅すぎたということが、すべてはとっくの昔に終わってしまっていたのだということがわかった。

「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ著(ハヤカワepi文庫) ISBN: 9784151200342

20世紀初頭、上海・租界で暮らしていたころ、クリストファー少年の両親は相次いで行方不明となってしまう。孤児として両親の故郷、イギリスで成人したクリストファーは1937年、両親の探索に乗り出す決心をし、日本軍との戦闘で混乱を極める上海へと戻っていく。

アクロバティックな筋書きなのに、精緻で、決して独りよがりに陥らない。いつもながら、この著者が紡ぎだす虚構の力には驚くしかない。

クリストファーの回想として語られる長いストーリーのなかで、繰り返される印象的なシーンがある。自分の記憶と、知人の記憶とが食い違っていることに気づいて苛立つのだ。誰にでも覚えがあるような、自身が経験したはずのことの、意外な不確かさ。多くの人が指摘していることだけれど、読む者がクリストファーの目を通じて見る世界は、なんだかとても、ぐらぐらしている。

カズオ・イシグロを読むのは「わたしを離さないで」「日の名残り」に続いて3作目。圧倒的に面白かった2作と比べると、正直ちょっと、入り込みづらかった。それは、クリストファーが今やロンドン社交界でもてはやされる名探偵だという設定や、失踪から10数年もたって両親を救出に行くという展開が、やけにファンタスティックなせいかと思っていた。いや、そうではなくて、世界がぐらぐらしているせいじゃないかと思い始めたら、どんどん引き込まれた。

クリストファーは、なんとかして自分の世界を確かなものに戻そうと、精一杯努力している。でも、どうしようもなく遅すぎるのだ。ついに辿り着いたとき、彼が愛用の大仰な天眼鏡を取り出して、見えない何かを見極めようとする姿の、なんと壮絶で、切ないことか。そこからは一気読み。ラストに、深く静かな感動がこみ上げる。

偏屈で付き合いづらそうなクリストファーと、彼を取り巻く二人の女、サラとジェニファーのきっぱりした姿勢との対比も鮮やか。文庫カバーの、バンドらしきモノクロ写真が格好いい。入江真佐子訳。(2009・9)

 わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ すべてはゼロから始めるために
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ著 千の天使がバスケットボールする
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ  読書夜話blog

September 12, 2009

「サンデーとマガジン」

 講談社が、マガジンの発売をサンデーよりも早めようと印刷所と相談しているというのだ。
「それでは、5月5日から思い切って1か月早めて、4月10日発売にすれば、講談社も追いついて来れないだろう。第1号はもうすぐ完成だし、どこからでもかかって来い、だよ」
 ところが、である。印刷所に出入りするスタッフから驚くべき知らせが届く。
「また、1週間、講談社が印刷の予定を繰り上げました!」

「サンデーとマガジン」大野茂著(光文社新書) ISBN: 9784334035037

1959年、同時創刊した小学館「少年サンデー」と講談社「少年マガジン」。そこから約15年にわたる激闘の歴史。

NHKに所属する著者が、両誌の創刊50年を期して放送したドキュメンタリーを出発点として、高度成長期のニッポンとマンガ週刊誌の黎明を描き出す。
いやー、面白かった! マンガ世界を切り開いたライバル同士の、丁々発止のしのぎ合いが、とにかく熱い。時代はまさに「20世紀少年」が描いた少年期の世界。日本がいまや世界に誇るサブカルチャー、あるいはメディアビジネスの方法論、ひいては昭和の世相をめぐる、貴重な証言が満載だ。「巨人の星」と「オロナミンC」の関係って、こんないきさつだったのか。

しかし著者の語り口は、詰め込まれたエピソードや当事者たちの発言を、歴史的な出来事としてうまく整理しようとは、あえてしていない。例えば、当時はマンガがまだ市民権を得ていなかったゆえにゲリラ性があった、といった分析とか解釈とかは控えめだ。むしろ、いつの時代、どんな舞台であっても、やる奴はやるんじゃないか。そんなメッセージが行間から響いてくる。単に蘊蓄に触れる興味を超え、通読して、なにやら元気が出る一冊。(2009・9)

 『サンデーとマガジン -創刊と死闘の15年』(大野茂)  馬場秀和ブログ

September 10, 2009

「廃墟に乞う」

 山本は苦しげに息を吐いてから言った。
「そうだ。はずみだ」
仙道は、不意に自分の肩が重くなったことを意識した。巨人が肩に両の手を置いたかのようだ。どうだ、おれの重さに耐えられるかと、そう問うているように。

「廃墟に乞う」佐々木譲著(文藝春秋)  ISBN: 9784163283302

ある事件がもとでPTSDを患い、休職中となっている道警刑事、仙道が、「個人的に」相談を受け、様々な事件に関わっていく連作短編集。

かねて気になっていた作家を初読み。大評判だった「警官の血」はうっかり先にテレビドラマで観てしまい、ほかのシリーズ物も面白そうだけれど、順に読んでいくと時間がかかると思って、まずは最近出た短編集を手にとった。

謎解きも、事件を取り巻く人間関係も淡々と描かれている。はじめのうちは、その読みやすい筆致と相まって、なんだかあっけない印象を受けた。けれど読み進むうち、味わいが深まっていく。自らも心に傷を抱える仙道は、人の罪、人の愚かさに対してとても敏感だ。一見クールにふるまっているけれど、その陰には刑事という仕事につきながら、あたかも罪の直視を避けるような、震える思いが潜んでいる。

1作ごとに、舞台は北海道の各地を転々とする。観光地、炭坑跡、漁港、牧場…。経済の閉塞を背景にしているのだろう、モノクロの、どこか殺伐とした風景が通奏低音となっていて、余韻を残す。(2009・9)

 書評「廃墟に乞う」 佐々木譲  身勝手な書評たち

September 05, 2009

「影武者徳川家康」

「風が鳴っている」
「この二日、大風が吹き続けでございます」
 何事もないように六郎が応えた。
「わしの一生は、ずっと風に吹きっさらしだったよ」

「影武者徳川家康」隆慶一郎著(新潮文庫) ISBN: 9784101174150 ISBN: 9784101174167 ISBN: 9784101174174

天下分け目の関ヶ原で、実は家康は暗殺されていた。そこから始まる、影武者・家康の壮絶な闘い。

SNS「やっぱり本を読む人々。」選出の「100冊文庫」から、気になっていた時代小説を読む。ネット書店で上、下巻を入手して読み始めてから、「中巻につづく」とあるのに気づいて、慌てて追加注文。いやー、長かったです。

初めのうちは、先入観を覆す歴史上の人物の設定に引き込まれた。例えば重臣・本多正信の心意気。ストーリー上は脇役であっても、一人ひとりを題材にして十分に長編小説が書けるくらいにエピソードが充実していて、飽きさせない。島左近の悲運の娘、お珠とか。

次に、「武器を使わない果たし合いシーン」の連発を楽しんだ。もちろん時代物らしく、柳生の剣豪やら、超人的な技をもつ忍びやらが登場する、派手なチャンバラシーンもある。しかし物語のおおかたは、権力のバランスをめぐる裏舞台での駆け引きであり、つまりは権謀術数だ。そこで成否を握るのは、人と人が出会ったとき、一瞬で「人物を見切る力」。こいつは信用できるかどうか、いざというとき腹が据わっているか。男も女も、そういう人としてのスケール、度量で競いあう。痛快だ。

面白く大長編を読み進むうち、やがて大きなテーマが浮かびあがる。時代を動かす男たちが、たったひとつ願う夢。壮大で、不敵だ。ああ、上巻で長々と語られる若いころの流浪談は、こういう風に生きてくるのか、と膝を叩く感じ。

かつての日本に、本当にこんな男たちがいたとしたら。荒唐無稽でいて、史料を縦横に引用する力技には迫力がある。若いころ小林秀雄に師事し、テレビドラマなどの脚本家として成功、還暦を過ぎてから小説を書きだしたという、作家のストーリーテラーとしてのパワーが凄い。

「影武者徳川家康」隆慶一郎 本を読む女。改訂版

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