「ダブリナーズ」
玄関ホールにじっと立ち、その声の歌う旋律を聞き取ろうとしながら、妻を見上げる。その姿勢には優雅と神秘があり、妻はあたかもなにかの象徴であるかのようだ。
「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス著(新潮文庫) ISBN: 9784102092033
20世紀初頭の都市ダブリンに生きる市井の生活を切り取った短編集。柳瀬尚紀氏の新訳。
読書会の課題本でチャレンジした。新訳のせいか、おそれていたよりも読みやすかった。言葉遊びやリズムの生かし方といった、本来の翻訳の妙を感じとれるほどの知識をまったく持ち合わせていないのが残念でしたが。
それぞれの短編に登場する人物は、大人だったり子どもだったり、男だったり女だったり、実にさまざまだけれど、一様になにかに当惑している感じがした。読み進むうちに、それは人物それぞれというより、移りゆく「社会」の当惑なのかなあ、などと思えてくる。
ごく短い短編が続くが、最後の「死せるものたち」だけはやや長めの80ページほどあって、老姉妹が催す公現祭のダンスパーティーが描かれる。招かれた甥ゲイブリエルが、辞去しようとして階段にたたずむ妻を見上げるシーンが印象的だ。ネットで検索してみると87年にジョン・ヒューストンが映画化しており、「You tube」でこのシーンを観て、背景で歌われる民謡「オーグリムの乙女」も聞くことができる。ゲイブリエルは、成功とか知識とかを身にまとった男。しかし妻はこのとき、古い歌に触発されて過ぎ去った恋と悲しい死に思いを馳せている。微妙なすれ違いが、なんだか切ない。(2009・7)
「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス 夷洲斎日乗 天才読者の読書日記
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