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July 29, 2009

「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

「私はリスベットを友人だと思っている。だからといって、きみも知ってのとおり、彼女が私を友人と思っているとはかぎらないがね」
「それはわかっています。でもぼくが聞きたいのは、彼女の側に立って、彼女の敵と闘う覚悟があるか、ということなんです。しかも一、二ラウンドで決着のつくような闘いではありません」

「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」スティーグ・ラーソン著(早川書房) ISBN: 9784152090485 ISBN: 9784152090492

宿敵ザラチェンコを追いつめた敏腕女性調査員リスベットは、自らも重傷を負い、司直の手に落ちてしまった。身動きがとれない彼女に、組織の魔の手が伸びる!

スウェーデンの大ヒットミステリー3部作最終編、上下巻約950ページを一気読み。いやー、楽しみました! シリーズの第1作は富豪一家を襲った過去の密室殺人の謎解き、第2作はがらりと雰囲気を変えてスピード感あるギャングとの死闘。さて次は、と思ったら、いよいよ国家を揺るがす陰謀ときました。もうお腹いっぱいです。

第3作の前半は、われらが野獣リスベットが手負いのためベッドに縛り付けられて反撃できないので、どうにももどかしい。その間、陰謀の存在を知るリスベットを社会的に葬り去ろうと、敵が着々と非情な罠を準備。いやがおうにも緊迫感を盛り上げる。
そして、こうした敵に対抗して、リスベットの正義を信じる雑誌「ミレニアム」発行責任者ミカエルら、人呼んで「狂卓の騎士」たちが行動を起こし始めると、そこからはもう疾風怒濤だ。

女性を標的にした暴力に対する怒りというテーマが、第1作からずっと底流にあり、最後まで貫かれている。これがエンタメ要素総動員の感がある3部作に、一定のまとまりをもたらしていると思う。巨大な陰謀に巻き込まれたリスベットはもちろん、登場する脇役の女性たち、ミレニアムの編集長や弁護士、刑事らもそれぞれ何らかの苦悩を抱えつつ、強靱な心で暴力に立ち向かっていく。魅力的な大人の女たち。

もちろん、最も魅力的なのはリスベットだ。抜群の知性をもちながら、ハリネズミのようなトゲを心にまとっていて、他人とうまくコミュニケーションがとれない。実はそんな自らの欠けた部分をちゃんと自覚していて、自分なりにもがいている。果たして希代の色男、ミカエルとの関係はどうなるのか? ラスト1行まで目が離せません。著者が亡くなり、続編が読めないのが残念でならない。ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳。(2009・7)

『ミレニアム3--眠れる女と狂卓の騎士』/スティーグ・ラーソン 異邦の偏読家 

July 19, 2009

「ダブリナーズ」

玄関ホールにじっと立ち、その声の歌う旋律を聞き取ろうとしながら、妻を見上げる。その姿勢には優雅と神秘があり、妻はあたかもなにかの象徴であるかのようだ。

「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス著(新潮文庫) ISBN: 9784102092033

20世紀初頭の都市ダブリンに生きる市井の生活を切り取った短編集。柳瀬尚紀氏の新訳。

読書会の課題本でチャレンジした。新訳のせいか、おそれていたよりも読みやすかった。言葉遊びやリズムの生かし方といった、本来の翻訳の妙を感じとれるほどの知識をまったく持ち合わせていないのが残念でしたが。

それぞれの短編に登場する人物は、大人だったり子どもだったり、男だったり女だったり、実にさまざまだけれど、一様になにかに当惑している感じがした。読み進むうちに、それは人物それぞれというより、移りゆく「社会」の当惑なのかなあ、などと思えてくる。

ごく短い短編が続くが、最後の「死せるものたち」だけはやや長めの80ページほどあって、老姉妹が催す公現祭のダンスパーティーが描かれる。招かれた甥ゲイブリエルが、辞去しようとして階段にたたずむ妻を見上げるシーンが印象的だ。ネットで検索してみると87年にジョン・ヒューストンが映画化しており、「You tube」でこのシーンを観て、背景で歌われる民謡「オーグリムの乙女」も聞くことができる。ゲイブリエルは、成功とか知識とかを身にまとった男。しかし妻はこのとき、古い歌に触発されて過ぎ去った恋と悲しい死に思いを馳せている。微妙なすれ違いが、なんだか切ない。(2009・7)

 「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス 夷洲斎日乗 天才読者の読書日記

July 18, 2009

「だから、男と女はすれ違う」

博士の研究でわかったのは、同じ課題を解き、同じ成績を挙げたとしても、女と男はそのときに働かせる脳の場所はまったく違っているということだったのだ。

「だから、男と女はすれ違う」NHKスペシャル取材班(ダイヤモンド社) ISBN: 9784478008041

NHKスペシャル「シリーズ男と女」の書籍化。男女の脳の働きの違いから恋愛の仕組み、生殖医療まで、様々な科学分野の男と女に関わる最新知見を紹介する。

わずか数ページの章の連続で、テンポ良く話題が転換していき、とても読みやすくて面白い。科学本だけれど、実験の手法やら研究が進んでいく過程やらにはページを割いていない。かわりに科学の「ミニ知識」が詰め込まれていて、会食のときちょっとした話題になりそうなネタが満載だ。例えば「女は男を匂いで選ぶ」「離婚のピークは全世界共通で結婚4年目」「遠い将来、Y染色体が消える恐れがある」などなど。

触れている研究領域は多岐にわたるが、共通して印象的なのは、人間は理性で行動しているようでいて、やっぱり原始的な「生き残りの術」に支配されているんだなあ、ということ。なにしろ女性が恋愛対象を選ぶとき、無意識に免疫セットの一致、不一致が影響するんだという。そんなことだとは知らなかった。ほかにも、「女性が読みやすい地図」の話など、興味津々だ。

取材対象は主に米国の大学、研究機関。どんな素朴な疑問についても、探せば誰かしら研究テーマにしている人がいるので、取材班は西へ東へと大陸を飛び回って話を聞いていく。著者たちは北米の研究環境の懐の深さに触れているが、こんな長期取材を可能にするNHKも、相変わらず懐が深い。(2009・7)

 だから、男と女はすれ違う ほやほやパパ&社長の読書日誌

July 13, 2009

「恋文の技術」

 せっかくの機会だから、俺はこれから文通の腕を磨こうと思う。魂のこもった温かい手紙で文通相手に幸福をもたらす、希代の文通上手として勇名を馳せるつもりだ。

「恋文の技術」森見登美彦著(ポプラ社)  ISBN: 9784591108758

京都の大学院生、守田は教授の命で、ひとり能登の実験所に派遣された。そこで何故か文通の才を磨こうと思い立ち、遠く京都にいる友人やら先輩やら妹やらに宛てて、どしどし手紙を送りだす。その書中で語られる、あほらしくも切ない悩みと恋。

主人公、守田が書いた手紙のみで構成する「書簡体小説」だ。滑り出しこそ能登の事物について語ったり、文通相手の相談にのったりしているが、そこはモリミー、ほどなく情けない事態が続発して、言い訳とかに追われるはめになる。とにかく抱腹絶倒なので、電車の中とかで読むときは挙動にご用心。

手紙によって宛先の文通相手が違うので、同じ出来事が書き手である守田の都合で少しずつ違うニュアンスで語られ、だんだん「ひとりパラレルワールド」になっていくところが面白い。いずれにしろ、主人公が未熟で情けなくて、愛すべき奴だという事実は隠しようがないんだけど。
今回のモリミーは、あらぬファンタジー方向に妄想が炸裂することはなく、爆笑しているうちにパラレルワールドが見事に収束していく。終いには、なんだかコミュニケーションとかについて、ちょっと考えちゃったりするほどだ。まあ、くだらないと言ってしまえばくだらないんだけど、うまいなあ。(2009・7)

 『恋文の技術』(森見登美彦) 馬場秀和ブログ
『恋文の技術』 森見登美彦  固ゆで卵で行こう!

 

July 09, 2009

「差別と日本人」

差別は、古い制度が残っているからあるのではない。

「差別と日本人」野中広務、辛淑玉著(角川oneテーマ21) ISBN: 9784047101937

対談だけれど、どちらかというと辛さんが野中さんに詰め寄っていく感じ。あの事件が勃発したとき、野中という政治家はどう感じたのか、はたまた、あの問題が国会で取り上げられているとき、どう決断したのか。そして一つひとつの事件、政治課題について辛さんが解説を加えていく。

野中さんはたぶん、そう簡単に舞台裏を明かしてはいない。長く保守政治家として生きて、「落としどころ」を探り「ことを収める」技術の、ある意味で最高峰を極めた人といえるだろう。それでもできる限り、真摯に答えようとしている感じはある。

知らないこと、気づかないことが沢山ある。それはある面、致し方ない。けれどやっぱり、ややこしいからと言って知らずにいること、気づかずにいることは罪。そう思えるかどうかが第一歩だという気がする。この対談の終盤はきっと涙なくしては読めない。だが、泣いている場合はない。(2009・7)

July 04, 2009

「ミレニアム2 火と戯れる女」

多くの人々の考えとは裏腹に、リスベットは真に道徳的な人間だとパルムグレンは確信していた。問題は、彼女なりのモラルが、法律で定められているモラルとは必ずしも一致しないということだ。

「ミレニアム2」スティーグ・ラーソン著(早川書房) ISBN: 9784152090195 ISBN: 9784152090201

人身売買の実態を告発しようとしていた月刊誌「ミレニアム」を悲劇が襲う。やがて明らかになっていく、女性調査員リスベットの驚くべき過去。

大評判ミステリ3部作の第2部上下巻は、期待を上回る面白さ! 第1部はエンタメ要素がてんこ盛りだった。それはそれで面白かったけど、今回はリスベットの危機と、背景にある陰謀に的を絞っていて、スケールの大きいサスペンスとアクションがぐいぐい加速していく。特に、黒幕らしき謎の人物ザラの不気味さが、映画に出てくる「カイザー・ソゼ」を彷彿とさせ効果的。

第1部に増して、誇り高い野獣リスベットの魅力が異彩を放つ。導入部で、第1部の事件のあと、不器用ながら自分の手で人生を再構築しようとするリスベットの姿が丹念に描かれる。ちょっとかったるいかなあ、とも思うんだけど、この描写が終盤になって、とても切なく感動的なシーンにつながるところが、うまい。
ミレニアムの発行責任者、ミカエルは相変わらず頭に来るほど女たらし。これが北欧感覚というものなのかな。とはいえミカエルを含めたリスベットの数少ない理解者たちの、人の心の真実を信じる気持ちが強靱に物語を支えているのは確かだ。小ネタでは、リスベットが愛してやまない数学のエピソードがお洒落。

やっぱり登場人物の名前はあんまり覚えられないし、地名も思わず飛ばし読みしちゃうし、「キルビル」まがいの、かなり荒唐無稽な展開もありますが、もう面白いから許す。リスベットゆかりで、まだ消息のわからない人物がいるから、第3部はそのへんが明らかになるのかな。楽しみー。ヘレンマルメ美穂・山田美明訳。(2009・7)

「ミレニアム2火と戯れる女<上><下>」 マイペース魔女の読書日記

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