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June 24, 2009

「おそろし」

 わたしは、人の心というものがわからなくなってしまいました。人というものが、闇雲に恐ろしくなってしまいました。そう言って、おちかはようやく口を閉じた。
 しゃべってしまって、気が済んだ。一方で、自分で自分に驚いていた。あたしはなぜ、こんなことを打ち明けてしまうのだろう。

「おそろし」宮部みゆき著(角川書店) ISBN: 9784048738590

川崎宿の旅籠の娘、おちか17歳は事情があって、叔父夫婦がいとなむ神田三島町の袋物屋、三島屋に身を寄せている。そこでひょんなことから、市井の怪談話の聞き役となる。

正調・宮部節の時代小説を読んだ。可憐で健気なおちかを主人公に、まがまがしい運命に翻弄される庶民の心を、いつもながら丁寧に描いていて引き込まれる。様々な事件で命を落とし、この世に思いを残した人。後に残されて深い後悔に苛まれ、心を閉ざした人。ときに壮絶で哀切なテーマは、著者の現代ミステリーともつながっている。

そんな悲しい目にあった人々が、「変調百物語」と銘打った「語る」「聞く」という行為を通じて、苦しみながらも再生への糸口をつかんでいく趣向も、現代に通じる感じで興味深い。希望を感じさせるラストが爽やかだ。小泉英里砂さんのイラストもチャーミング。09年1月から新聞でシリーズ第2作を連載。(2009・6)

 『おそろし』宮部みゆき 明日は晴れるかな♪

June 21, 2009

「地団駄は島根で踏め」

言葉の語源が、ある特定の土地と結びついているケースは、探すと意外にあるものだ。

「地団駄は島根で踏め」わぐりたかし著(光文社新書) ISBN: 9784334034986

「語源ハンター」を自称する著者が辞書をひもとき、語源に登場する土地に足を運んで、ゆかりの事物を観て歩く。

目次の日本地図を眺めただけでわくわくしてくる。「ごたごた」の神奈川県って何だろう、「らちがあかない」の京都府って? 読んでみると実際、期待に違わぬ面白さだ。

語源の蘊蓄は満載。とはいえ著者は放送作家とあって、学術的な「日本語本」というより、好奇心満載の軽妙な旅行記になっている。語源の「現場」で古来の祭りやら、歴史上の人物にまつわる事物やらに触れるうち、普段なにげなく使っている言葉の背景に、著者なりに思いをはせていく。そんな語源ハンティングのかたわら、お約束でちゃっかり土地土地の銘菓、美味しいものを食べてしまうところも、とても楽しい。(2009・6)

地団駄は島根で踏め:語源は意外なところに はてさてブックログ

June 17, 2009

「1Q84」BOOK 1 BOOK 2

でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです

「1Q84 a novel BOOK 1<4月-6月>」「1Q84 a novel BOOK 2<7月-9月>」村上春樹著(新潮社) ISBN: 9784103534228 ISBN: 9784103534235

近未来ならぬ近過去「1984年」を舞台にした、予備校教師で作家の卵である天吾とスポーツインストラクター青豆、ともに30歳の男女の物語。

著者7年ぶり書き下ろし長編にして、大ヒット中の小説を読む。一つひとつのシーンの説明が丁寧で、饒舌。だから4月から9月までの物語でbook1、book2合計1000ページを超える長編となっているが、全然長く感じない。短い章を重ねて、同時進行する主人公二人の1Q84年を交互に語っていくリズムが心地よい。

もっとも描かれる出来事は決して、心地いいものではない。ねじれた信念やら、弱いものに対する暴力やらの描写が容赦なくて、ちょっとしつこく思えるほど。ああ、この著者はこういう感じだったなあ、と思い出す。でも、二人の身にふりかかっていることが気になって仕方ないから、どんどん読み進んでしまう。

青豆と天吾の造形には、そんな風に読む者を物語世界に巻き込む、強い引力がある。特に青豆。へんてこな名字と、フェイ・ダナウェイみたいと描写されるきっぱりとした格好良さが秀逸だ。
二人はそれぞれ心に傷を抱え、情熱を秘めながらも、外見上はできるだけつつましく、目立たない日常を送ってきた。しかしある日、自分の周囲の世界が何やら決定的に、見慣れた現実とはズレてしまっていることに気づく。いったい何が起こっているのか。ちっぽけな一個人が、このヘビーな運命に抗うことは難しい。ズレてしまう前の世界に戻ることも、どうも不可能そうだ。無力感に襲われつつ、それでも自分の身に起きていることから決して目をそらすまい、と思う。そんな二人の軌跡が運命的に交差する場面の、息を呑む静謐さ。

例によって全編に、さまざまなミステリーが散りばめられている。「リトル・ピープル」とか、「空気さなぎ」といった不思議な存在はいったい何を意味するのか。謎をどう解釈するかは読む人、読むタイミングによって、いかようにも変化しそうな気がする。自分の中でもこれから、物語がどう変化していくのかが楽しみだ。(2009・6)

1Q84 BOOK 1、 1Q84 BOOK 2  【村上春樹】 とんみんくんの読書履歴
村上春樹『1Q84』 「石板!」
「1Q84」村上春樹 本を読む女。改訂版

June 06, 2009

「介護現場は、なぜ辛いのか」

きっと、介護現場には、注がれる「愛」が足りない。入居者ばかりでなく、介護士に対してもーー

「介護現場は、なぜ辛いのか」本岡類著(新潮社) ISBN: 9784104083046

元雑誌編集者で作家の著者は、実家の母が倒れたのをきっかけにヘルパー資格を取得。特別養護老人ホームで週2日の非常勤職員として働き始める。50代の新人おじさんヘルパー体験記。

仕事としての介護について、様々な問題点を指摘している。入居待ちが300人もいるほどニーズがあるのに、予算も人手も足りない施設。職員は不規則な勤務でかなり体力が必要なうえ、様々な事故のリスクなどと向き合わなければならず、心身ともに負荷が高い。しかしその処遇といえば、募集広告によれば正職員月18万円、パートの時給850円。仕事の実態に、全然釣り合っていない。技術と経験が求められる専門職としての、処遇の体系も未整備だ。現場には時として、余裕の乏しさから来る非効率や、士気の低下がはびこる。

ヘビーな内容なのだが、意外に読み心地は暗くない。著者がお年寄りたち、そして最前線の介護職員たちに対して、一貫して温かい視線を向けているからだろう。登場する認知症のお年寄りの言動は奇想天外だけど、どこかしたたかでチャーミング。不器用な著者を怒ってばかりいる上司も、尊敬すべきプロだ。誰もが当事者になりうる介護について、前向きな気持ちで考えるきっかけになりそうな一冊。(2009・6)

介護現場は、なぜ辛いのか--特養老人ホームの終わらない日常/本岡類 しょ~とのほそボソッ…日記…  

June 04, 2009

「ガリレオの苦悩」

犯人が魔法を使っているのでないかぎり、必ずどこかに痕跡が残っているはずだ。そして魔法なんてものは、この世には存在しない

「ガリレオの苦悩」東野圭吾著(文藝春秋) ISBN: 9784163276205

気鋭の物理学者、湯川が事件の謎を解く、人気のガリレオシリーズの短編集。

ずっと積んでいて、ようやく読んだ。相変わらずの物語巧者ぶり。読んでみたら、先にドラマで見てしまって結末が分かっているストーリーもあったけれど、さほどがっかりしないで、すらすらと楽しんだ。

湯川がますます格好良い。もしかしたら読む側に、福山雅治のイメージが刷り込まれてしまったせいか。特に「攪乱す」。筋違いの怨みを抱いて挑戦してくる犯人に対峙し、クールを装いながらも一歩もひかず、科学者の誇りをのぞかせる。格好良くなった分、ちょっと変人っぽさは後退した感じかも。(2009・6)

ガリレオの苦悩 Yuhiの読書日記+α
『ガリレオの苦悩』 【徒然なるままに…】
東野圭吾  ガリレオの苦悩  マロンカフェ

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