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May 31, 2009

「日の名残り」

執事が、執事としての役割を離れてよい状況はただ一つ、自分が完全に一人でいるときしかありえません。

「日の名残り」カズオ・イシグロ著(ハヤカワepi文庫)  ISBN: 9784151200038

1956年7月。英国オックスフォードシャーの館で執事を務めるスティーブンスは、主人のすすめで短い一人旅に出る。わずか6日間の旅路で胸に去来する、過ぎ去った栄光の日々と、悔恨。

今さらだけど、文句なしの名作。つくりものなのに、何故こんなにもリアルに、主人公の名状しがたい感情を味わうことができるのだろう!

親子二代にわたって、もてる時間のすべてをかたむけ、高潔な執事のあり方を追求してきた主人公。一人称の丁寧な語りがまず、物語全体の読み心地をこのうえなく端正にしている。南西部へのドライブの道すがら、スティーブンスが目にする美しい田園風景が英国の品格を、さらには回想のなかで繰り広げられる、大戦前夜の緊迫した外交の裏舞台が、伝統に支えられた執事というプロの強い矜持を、鮮やかに描き出す。

けれど、読む者は知っている。どんな価値観も時の流れにさらされ、いずれは移り変わっていく。永遠に揺るがないものなんて、きっと何もない。そのことに気づいたとき、人は苦くて残酷な問いに向き合うのだ。生きる意味とは何か。二度と後戻りできない、人生の意味とは何なのか。

世の中のたいがいの人は、一流の才能とか、疑う余地のない歴史的な使命とかとは縁がない。努力して目の前の義務を果たして、無名のまま生きていくだけだ。そのことを引き受けて、たどり着いた港町で静かに眺める夕暮れの、なんと切なく、美しいことか。全編に散りばめられた控えめなユーモアが、決して折れない精神のタフさを感じさせてじつに爽快だ。ブッカー賞受賞。土屋政雄訳。SNS「やっぱり本を読む人々。」100冊文庫の1冊。(2009・5)

『日の名残り』 カズオ・イシグロ  (ハヤカワepi文庫) 《四季さんオススメ》 続活字中毒日記
『日の名残り』 カズオ・イシグロ Roko’s Favorite Things

May 22, 2009

「レッドゾーン」

弱肉強食の世界の中で、我々が身につけなければならないのは、生き抜くための智恵と勇気です。したがって市場に正邪はなく、勝者も敗者もいない。生者と死者がいるのみです

「レッドゾーン」真山仁著(講談社) ISBN: 9784062154338 ISBN: 9784062154345

日本を代表する自動車メーカーに、赤いハゲタカが襲いかかる。前代未聞の事態を前に、伝説の投資ファンド総帥、鷲津が仕掛ける、誇りと希望と、生き残りをかけた闘い。

ヒットドラマ「ハゲタカ」原作のシリーズを一気読み。場面転換が非常に頻繁なので、ちょっと戸惑うこともあるし、いろいろな要素が最終的にぴったり収まっているかというと、異論があるかもしれない。東大阪はどうなったの、とか、若い女性弁護士はこういうことなの、とか。けれど、そんなことがさして気にならないほど、なにやら熱い思いが伝わってくる小説だ。それぞれに懸命に責任を果たし、組織を率い、信じる価値を守っていく男たち。しびれます。

荒唐無稽の発想のはずが、瞬く間に現実が追いついてきてしまう。そういうデッドヒートは、経済小説の宿命だと思う。だからといって、現実に向き合うことをやめはしない。百年に一度の大波だとかハーフエコノミーだとか、何が起こるか分からないという今を思い知らされているからこそ、揺るがないところに立ち返りたいのだから。2009年6月に映画化。(2009・5)

「レッドゾーン」真山仁著 講談社 カズハル@インクコム

May 16, 2009

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」

それに、いったん始めたことを途中でやめるのは気にくわない。”秘密は誰にでもある。問題はどんな秘密を見つけだすかだ”

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」スティーグ・ラーソン著(早川書房) ISBN: 9784152089830  ISBN: 9784152089847

ジャーナリストのミカエルは不正を追及した実業家、ヴェンネルストレムに名誉毀損で逆襲されて有罪となり、活動の休止を余儀なくされる。そんなとき、引退した大物経営者、ヘンリック・ヴァンゲルから依頼が舞い込み、40年も前にヴァンゲル家で起きた、ある少女失踪事件を洗い直すことになる。

大評判のミステリー3部作の、第1部上下巻を読んだ。多くの本好きたちが絶賛する通りの一大娯楽作! 孤島からの失踪、暗号、猟奇殺人から世界を股に掛けたハイテク捜査まで、あらゆるミステリーの要素がてんこ盛りで、しかもその要素が巧妙に組み合わされている。

自分には馴染みがないスウェーデンが舞台ということは、あまり苦にならなかった。巻頭に地図が添えられているせいか。物語の途中から、ヴァンゲル一族の人物たちがぞろぞろ登場して、誰が誰だか混乱したけれど、それも220ページあたりまで。凄腕女性調査員のリスベットがミカエルに絡んでくると、もう止まりません。

リスベットのエピソードは、今回の本筋ではないはず。しかしその破天荒な人物像が、際立って鮮烈だ。やせっぽちの体に大胆なタトゥーやピアス、粗野な言動で社会に全く適応しない。けれど、ものすごく頭が切れて、人が一番隠したいと思っている秘密にぐいぐい迫っていく。特に卑劣な暴力に対しては、決して容赦しない。こんな探偵役、みたことない。

ストーリーの柱は大きく二つある。ミカエルの実業家ヴェンネルストレムに対する闘いと、ヴェンゲル一族の「犬神家」ばりに胡散臭い過去。それぞれの謎解きが面白いのはもちろんだが、謎解きの過程でミカエルとリスベットが世の不正に対して示す怒りが、強い印象を残す。単に痛快というだけでない。自らもジャーナリストである著者のプライド、信念がエンターテインメントに独特の味付けを施している。

訳文も読みやすいと思う。第2部、第3部を読むのが楽しみだ。ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳。(2009・5)

◎◎「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」上下 スティーグ・ラーソン 早川 1700円 2008/12  「本のことども」by聖月

May 02, 2009

「スーパーの裏側」

 「いつ行っても在庫がいっぱいある店」はもうやめましょう。ぜひ、「売り切れる店」で買い物をしてください。
 「売り切れ御免」
 じつにいい言葉ではありませんか。

「スーパーの裏側」河岸宏和著(東洋経済新報社) ISBN: 9784492222973

ハム・ソーセージや卵の製造、スーパー、コンビニの現場を見てきた著者が明かす、食品流通の裏。

「朝どれ」とあっても「今日の朝どれ」とは限らない、解凍した日、パックし直した日が「製造日」…。ほかにも再加工や使い回しなど、著者が目にしたという、法律には触れない「ごまかし」の事例が数々語られる。
背景にあるのは朝から夜遅くまで、何時に行っても棚に商品がたくさん並んでいることを当たり前と期待するような、消費者の行動だ。しかも、スーパーが食品を安く売るには、調理場などの人件費を抑える必要もある。

便利で安価な加工食品、総菜などに慣れた私たちが、それなしに暮らしていくことはもはや現実的ではない。とはいえ、どういう売り場、どういう食品がより自然なのかに思い至る、感度は失いたくない。書かれていることがどこまで一般的なのかはわからないけれど、あっという間に読めて、なかなか興味深い一冊。(2009・4)

 「スーパーの裏側」ちょっと考えた 本の話がメインのつもり

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