「仏果を得ず」
そうだ、このひとたちは生きている。ずるさと、それでもとどめようのない情愛を胸に、俺と同じく生きている。文字で書かれ音で表し人形が演じる芸能のなかに、まちがいなく人間の真実が光っている。この不思議。この深み。
「仏果を得ず」三浦しをん著(双葉社) ISBN: 9784575235944
若手大夫の健(たける)が、春先から年末を迎えるまでに経験する、芸に対する悩み、恋、そして成長。
「あやつられ文楽鑑賞」の著者の、「文楽小説」を読んだ。表紙は漫画風だし、筆致も軽いけれど、内容はなかなか濃い。三色縞の幕を模した目次に、各章のタイトルとして「女殺油地獄」など著名な外題が並ぶ。主人公の健が、それぞれの演目に挑戦していくストーリーを読むうち、見どころ、聴きどころ、登場人物の解釈も飲み込める仕掛けだ。全編に、著者の文楽への傾倒ぶりが読み取れる。
もう一つの楽しみは、魅力的な人物像。健はいわば元ヤンキーだし、師匠は偉い人間国宝なのに、我が儘気まま、自由奔放に行動する。どなたかモデルがいるのか、そのへんは定かでないけれど、彼らが決して聖人でないからこそ、並大抵でない芸への情熱に、率直に感動してしまう。
その情熱を媒介として、結びつく師匠と弟子、大夫と三味線の人間関係も温かい。現実の文楽一座は90人弱という濃密な空間で、とても厳しい世界なのだろうけれど… そういえば、健の恋の相手となる女性もけっこう変人で、そこがまた格好いい。
文楽というのはストーリーだけを読むと、心中やら仇討ちやら忠義やら、現代人にはとうてい理解不可能な展開だらけ。それでも舞台に触れると引き込まれてしまうのは、音楽と人形という芸の力を通して、むきだしの人間の業が理屈抜きに感じられるからなのだろうなあ。2008年読者大賞10位。(2009・4)
「仏果を得ず」カワイイ30歳 本の話がメインのつもり
« 「四とそれ以上の国」 | Main | 「上弦の月を喰べる獅子」 »
Comments