「シズコさん」
母さんがごめんなさいとありがとうを云わなかった様に、私も母さんにごめんなさいとありがとうを云わなかった。今気が付く、私は母さん以外の人には過剰に「ごめん、ごめん」と連発し「ありがと、ありがと」を云い、その度に「母さんを反面教師」として、それを湯水の様に使った。でも母さんには云わなかったのだ。
「シズコさん」佐野洋子著(新潮社) ISBN: 9784103068419
老いて認知症を患った母を見守りながら、初めて振り返る長き愛憎の日々。
本好きブロガーの間で評判のエッセイを読んだ。「100万回生きたねこ」の作家が、半世紀にわたる家族の足跡を背景に、その時々、自分が母や家族のことをどう思ってきたか、直裁な筆致で綴っている。中国から引き揚げ、貧しさの中で相次ぐ幼い兄弟の不幸な死。父はエリートだっただけに終戦で挫折し、やがて若くして亡くなってしまう。個人史にはそのまま、日本の戦後の縮図がうつしこまれている。
長女である著者は、なぜか母親と気が合わなかった。母の性質のなかにどうしても自分と相容れない部分があり、それを嫌って折にふれ辛辣な言葉を投げつけ、母を遠ざけてきた。けれど、心の底ではずっと、罪悪感を覚えていた。激動の時代を生き抜き、最後には老いて子どものようになってしまった母の姿に対峙して初めて、母の思い、自分自身の母への思いに気付くのだ。
歯切れが良く赤裸々な文章はとても厳しく、そして切ない。母と娘との関係に限らず、家族というものはなんと厄介で、愛おしいものだろう。(2009・4)
『シズコさん』 つれづれな日々の繰り言