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April 24, 2009

「シズコさん」

母さんがごめんなさいとありがとうを云わなかった様に、私も母さんにごめんなさいとありがとうを云わなかった。今気が付く、私は母さん以外の人には過剰に「ごめん、ごめん」と連発し「ありがと、ありがと」を云い、その度に「母さんを反面教師」として、それを湯水の様に使った。でも母さんには云わなかったのだ。

「シズコさん」佐野洋子著(新潮社) ISBN: 9784103068419

老いて認知症を患った母を見守りながら、初めて振り返る長き愛憎の日々。

本好きブロガーの間で評判のエッセイを読んだ。「100万回生きたねこ」の作家が、半世紀にわたる家族の足跡を背景に、その時々、自分が母や家族のことをどう思ってきたか、直裁な筆致で綴っている。中国から引き揚げ、貧しさの中で相次ぐ幼い兄弟の不幸な死。父はエリートだっただけに終戦で挫折し、やがて若くして亡くなってしまう。個人史にはそのまま、日本の戦後の縮図がうつしこまれている。

長女である著者は、なぜか母親と気が合わなかった。母の性質のなかにどうしても自分と相容れない部分があり、それを嫌って折にふれ辛辣な言葉を投げつけ、母を遠ざけてきた。けれど、心の底ではずっと、罪悪感を覚えていた。激動の時代を生き抜き、最後には老いて子どものようになってしまった母の姿に対峙して初めて、母の思い、自分自身の母への思いに気付くのだ。

歯切れが良く赤裸々な文章はとても厳しく、そして切ない。母と娘との関係に限らず、家族というものはなんと厄介で、愛おしいものだろう。(2009・4)

『シズコさん』 つれづれな日々の繰り言

April 20, 2009

「ハチはなぜ大量死したのか」

ミツバチの喪失は、太古から続けられてきた生活様式、産業、そして文明の礎をも脅かすことになった。
 二〇〇七年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。

「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン著(文藝春秋) ISBN: 9784163710303

食と環境に関する著書が多いライターが追う、2006年秋に米国を襲ったミツバチの大量死「CCD(蜂群崩壊症候群)」の謎。

話題の科学ルポを読んだ。現代版「沈黙の春」と呼ばれるように、養蜂家のもとからある日忽焉とハチが姿を消す、という現象は、とても不気味。著者はその原因を求めて、農薬、ダニ、ウイルスなど様々な専門家の説を検証していく。

全編にハチをめぐる「知らないこと」が盛りだくさんで、とても興味深い。何気なく口にしているナッツ類や果物の生産が、いかにハチによる受粉に依存しているか。はたまた、国際競争にさらされ高度に工業化した米国の農業で、効率的に受粉を進めるため、ハチがどんなふうに酷使され、いかにストレスを受けているか。時にハチの目線でそのハードワークぶりを描いてみせるなど、語り口も軽妙だ。

豊かで安い食べ物に慣れ、それを求め続ける消費者のライフスタイルは、口で言うほど簡単には変えられない。だから時計の針を戻して、現代農業の主流が現在の経済効率を放棄するとことは、非常に困難だろう。そういう現実は、著者も十分了解している。
しかしそのために、生態系が本来もっている「復元力」を決定的に損ねてしまったら、結局はすべてが非効率に陥るリスクがある。ハチの話題にとどまらない、示唆に富む一冊。巻末にハチの飼い方などの付録付きなのがチャーミング。中里京子訳。(2009・4)

 実りなき秋 - 書評 - ハチはなぜ大量死したのか  404 Blog Not Found

April 15, 2009

「上弦の月を喰べる獅子」

街に視線を移すと、街そのものが、無数の螺旋と化そうとしていた。
以前にも、このような、螺旋に埋もれた街を見たのではなかったか?

「上弦の月を喰べる獅子」夢枕獏著(ハヤカワ文庫) ISBN: 9784150305024 ISBN: 9784150305031

いたるところに螺旋を幻視するカメラマンと、岩手の詩人という、ともに胸に修羅を抱えた二人の人格が融合。異界に足を踏み入れ、人は幸せになれるのか、という根元的な問いを繰り返しながら、高みを目指す。

SNS「やっぱり本を読む人々。」の企画「百冊文庫」から、気になっていた上下巻を読む。考えてみると、伝奇冒険ファンタジーといったものを初めて読んだかもしれない。は虫類様の生き物が続々出てくるシーンは、正直、ちょっと苦手。

でも、なんだかよく理解できないながら、進化の科学と仏教の思想が読む者の頭の中で二重螺旋状に絡まっていって、そのあたりの腕力は凄い。全編にわたってぎっしりと詰め込まれたイメージは、国民的詩人の伝記から遠くインドの神話まで、地球規模かつ縦横無尽だ。ちょうど観劇したばかりのオペラ「ワルキューレ」を彷彿とさせる展開もあり、最後はまるで強い光を浴びたような、突き抜けた読後感があった。第10回SF大賞受賞。(2009・4)

「上弦の月を喰べる獅子」夢枕獏  本を読む女。改訂版

April 04, 2009

「仏果を得ず」

そうだ、このひとたちは生きている。ずるさと、それでもとどめようのない情愛を胸に、俺と同じく生きている。文字で書かれ音で表し人形が演じる芸能のなかに、まちがいなく人間の真実が光っている。この不思議。この深み。

「仏果を得ず」三浦しをん著(双葉社) ISBN: 9784575235944

若手大夫の健(たける)が、春先から年末を迎えるまでに経験する、芸に対する悩み、恋、そして成長。

「あやつられ文楽鑑賞」の著者の、「文楽小説」を読んだ。表紙は漫画風だし、筆致も軽いけれど、内容はなかなか濃い。三色縞の幕を模した目次に、各章のタイトルとして「女殺油地獄」など著名な外題が並ぶ。主人公の健が、それぞれの演目に挑戦していくストーリーを読むうち、見どころ、聴きどころ、登場人物の解釈も飲み込める仕掛けだ。全編に、著者の文楽への傾倒ぶりが読み取れる。

もう一つの楽しみは、魅力的な人物像。健はいわば元ヤンキーだし、師匠は偉い人間国宝なのに、我が儘気まま、自由奔放に行動する。どなたかモデルがいるのか、そのへんは定かでないけれど、彼らが決して聖人でないからこそ、並大抵でない芸への情熱に、率直に感動してしまう。
その情熱を媒介として、結びつく師匠と弟子、大夫と三味線の人間関係も温かい。現実の文楽一座は90人弱という濃密な空間で、とても厳しい世界なのだろうけれど… そういえば、健の恋の相手となる女性もけっこう変人で、そこがまた格好いい。

文楽というのはストーリーだけを読むと、心中やら仇討ちやら忠義やら、現代人にはとうてい理解不可能な展開だらけ。それでも舞台に触れると引き込まれてしまうのは、音楽と人形という芸の力を通して、むきだしの人間の業が理屈抜きに感じられるからなのだろうなあ。2008年読者大賞10位。(2009・4)

 「仏果を得ず」カワイイ30歳  本の話がメインのつもり

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