「ポトスライムの舟」
維持して、それからどうなるんやろうなあ。わたしなんかが、生活を維持して。
「ポトスライムの舟」津村記久子著(文藝春秋2009年3月号)
奈良の化粧品工場のラインで、契約社員として働くナガセ、29歳の日常。
第140回芥川賞受賞作を読んだ。淡々と、ごくごく普通の言葉で、現代女性の心の揺れを綴っていて、うまい。主人公の女性はいわゆる「氷河期世代」で、新卒で勤めた職場の人間関係で心を病み、今は「非正規」だ。先行きを考えれば不安、かといって安定を得るためがむしゃらに頑張るほど、タフではない。ふとしたきっかけで163万円貯めよう、と思い立ち、手帳にちまちまと出費をつけ始める。友人と出かけた奈良-難波の電車賃が往復1080円、洋食屋での夕食1150円…。誠実な人柄が感じられる、生活の細部がリアルだ。
「非正規」だけど、現在の雇用不安を意識したような閉塞感は乏しい。文章のテンポがよく、全編にそこはかとなくユーモアが漂っているせいか。ある日、家にある観葉植物のポトスライムの葉をむしって、手を変え品を買え調理して食べる夢を見る。夢のなかでナガセは、にやにやしながら手帳に出費ゼロ円と書きつけるのだ。笑いが自分を守る殻になっているような、明るい切実さがある。
ドラマチックなことは何も起きないのだけど、周囲の人との触れ合いが温かい。母と住む古い一軒家に、離婚を決意して家を飛び出してきた友人と小さい娘を、すんなり受け入れる。この、あまり愛想のない少女と二人で、コップに雨を受けながらポトスの水差しをして、薄暗い廊下に並べるシーンがすがすがしい。初出は「群像」08年11月号。(2009・3)
『ポトスライムの舟』津村記久子 雑感、あるいは駄文
ポトスライムの舟 まっしろな気持ち
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