「出星前夜」
二万七千余の誰もが共通して抱いていたのはただ一つ、人としてふさわしい死を迎えることにあった。
「出星前夜」飯嶋和一著(小学館) ISBN: 9784093862073
家光治世の寛永14年に勃発した「島原の乱」の一部始終を、壮大な構想で描ききる。
「読者大賞」候補ということで、キノベス2008一位の歴史長編を読む。540ページもの厚みには、ちょっとひるんだ。戦乱をテーマにしているにもかかわらず、こういうテーマにありがちな超人的なヒーローとか、大向こうを唸らせる劇的展開とかは、ない。特に前半は筆致に抑制がきいており、蜂起に至る島原庶民の実情を丹念に描いていく。そのリアル感は、まるで同時代の社会的事件をルポしているようだ。
無謀で苛酷な年貢取り立てで民は困窮し、幼く弱い者から順に病に倒れて命を落としていく。悪政に耐えられず声を上げれば、困窮ではなくキリシタンの抵抗だと問題をすり替えられ、闇に葬られてしまう。しかし島原には、もって生まれた海の民としての自立心と、キリシタン時代に培った並はずれた知性、誇りがあった。
島原の乱といえば、若きカリスマ天草四郎に率いられた宗教的熱狂。そんな教科書的な先入観が、読み進むうち根底から覆されていく。まっとうな人として生きたい、という、やむにやまれぬ人々の叫びが高まり、後半の蜂起、そして壮絶な原城攻防戦へとなだれ込んでいく。もう、止まりません。
クールな文章だからこそ、為政者たちのどうしようもない愚かさ、討伐軍の無能ぶりが際立つ。そこから伝わってくるのは、著者の強烈な怒りだ。対する蜂起勢の元武将、鬼塚監物の人物像が、なんと魅力的なことか。まさに情熱と冷静を併せ持つ男。なかでも苛酷な籠城戦のあいまに、監物がふと星を見上げて物思うシーンの静謐さが印象的だ。抗うことができない大きな歴史のうねりのなかに、小さな青白い光を放つ、個人の存在。
乱は多くの人生を狂わせ、何だかやりきれない形で終結する。その後、読者はもう一つの「星」の物語を読む。辛い境遇において、あえて生き残ることを選んだ者が放つ、一筋の光明が余韻を残す。
それにしても、4年をかけた書き下ろし、という著者の執念が驚きだ。ちょい役も含めた登場人物の固有名詞や、兵の数、武器の数、陣形それぞれの距離やら攻撃開始の時間やら、具体的な数字がぎっしり詰まっていて、読む方はお腹いっぱい。時に記述の繰り返しが気になるものの、この緻密さは並大抵ではない。大佛次郎賞受賞。(2009・3)
出星前夜 飯嶋和一 今更なんですがの本の話
« 「婚活」時代 | Main | 「子どもの貧困」 »
« 「婚活」時代 | Main | 「子どもの貧困」 »
Comments