« 「婚活」時代 | Main | 「子どもの貧困」 »

March 05, 2009

「出星前夜」

二万七千余の誰もが共通して抱いていたのはただ一つ、人としてふさわしい死を迎えることにあった。

「出星前夜」飯嶋和一著(小学館) ISBN: 9784093862073

家光治世の寛永14年に勃発した「島原の乱」の一部始終を、壮大な構想で描ききる。

読者大賞」候補ということで、キノベス2008一位の歴史長編を読む。540ページもの厚みには、ちょっとひるんだ。戦乱をテーマにしているにもかかわらず、こういうテーマにありがちな超人的なヒーローとか、大向こうを唸らせる劇的展開とかは、ない。特に前半は筆致に抑制がきいており、蜂起に至る島原庶民の実情を丹念に描いていく。そのリアル感は、まるで同時代の社会的事件をルポしているようだ。

無謀で苛酷な年貢取り立てで民は困窮し、幼く弱い者から順に病に倒れて命を落としていく。悪政に耐えられず声を上げれば、困窮ではなくキリシタンの抵抗だと問題をすり替えられ、闇に葬られてしまう。しかし島原には、もって生まれた海の民としての自立心と、キリシタン時代に培った並はずれた知性、誇りがあった。

島原の乱といえば、若きカリスマ天草四郎に率いられた宗教的熱狂。そんな教科書的な先入観が、読み進むうち根底から覆されていく。まっとうな人として生きたい、という、やむにやまれぬ人々の叫びが高まり、後半の蜂起、そして壮絶な原城攻防戦へとなだれ込んでいく。もう、止まりません。

クールな文章だからこそ、為政者たちのどうしようもない愚かさ、討伐軍の無能ぶりが際立つ。そこから伝わってくるのは、著者の強烈な怒りだ。対する蜂起勢の元武将、鬼塚監物の人物像が、なんと魅力的なことか。まさに情熱と冷静を併せ持つ男。なかでも苛酷な籠城戦のあいまに、監物がふと星を見上げて物思うシーンの静謐さが印象的だ。抗うことができない大きな歴史のうねりのなかに、小さな青白い光を放つ、個人の存在。

乱は多くの人生を狂わせ、何だかやりきれない形で終結する。その後、読者はもう一つの「星」の物語を読む。辛い境遇において、あえて生き残ることを選んだ者が放つ、一筋の光明が余韻を残す。

それにしても、4年をかけた書き下ろし、という著者の執念が驚きだ。ちょい役も含めた登場人物の固有名詞や、兵の数、武器の数、陣形それぞれの距離やら攻撃開始の時間やら、具体的な数字がぎっしり詰まっていて、読む方はお腹いっぱい。時に記述の繰り返しが気になるものの、この緻密さは並大抵ではない。大佛次郎賞受賞。(2009・3)

 出星前夜  飯嶋和一  今更なんですがの本の話

« 「婚活」時代 | Main | 「子どもの貧困」 »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「出星前夜」:

« 「婚活」時代 | Main | 「子どもの貧困」 »