« February 2009 | Main | April 2009 »

March 31, 2009

「四とそれ以上の国」

藍はフンフンいいながら路線図を見あげる。読めない漢字ばかりだがそれがかえって新鮮だ。

「四とそれ以上の国」いしいしんじ著(文藝春秋)  ISBN: 9784163277004

四国を舞台にした、幻想的な連作集。

いしいワールドは、いったい何処までいくのか。「みずうみ」で民話的な世界から一歩踏みだし、現実との接点をもった後、いったい次はどうなるんだろうと思っていたら、四国である。人形浄瑠璃やお遍路やら、四国らしい事物を散りばめつつ、うねるような文体で奇天烈なイメージを連打。町ひとつ塩に埋もれてしまうとか、もう頭がくらくら。もちろん、描かれるのは空想の四国だ。しかし、この「四国」は妙にリアルで、もう「風土」とでも呼びたいような世界だ。

特に、連作最後の「藍」が印象的。出荷前で、人にたとえるなら16、7の乙女である貴重な藍染めの原料が、まさに目には見えない少女の姿となって、ある日すらりと立ち上がり、職人のもとを逃げ出す、という設定のファンタジーだ。この、みずみずしさ。
本好きのブログなどを読んでみると、けっこう難解という声がある。確かに善も悪もなく、教訓もイメージの種明かしも結論らしきものも皆無。いつにも増して、好き嫌いが分かれそう。でも個人的には、存分にくらくらしたのち、不思議なカタルシスがあった。気づかないうちに、身のうちにある「風土」。

連作のなかで繰り返し、見えそうで見えない、読めそうで読めない、聞き取れそうで聞き取れない、というシーンが登場する。生きて暮らしていくことは、なんともどかしいことか。(2009・3)

四とそれ以上の国 いしいしんじ 文藝春秋  おいしい本箱Dairy
四とそれ以上の国/いしいしんじ 記憶の記録

March 28, 2009

「人形有情」

体をかわすようにする時、首(かしら)が、よそへ行ってる人が多いです。
渚の方が上手、良弁が下手に入れ替わる時も、目線が渚の方から外れたらいけません。

「人形有情」吉田玉男・宮辻政夫(聞き手)著  ISBN: 9784000242622

人間国宝で不世出とうたわれた人形遣い、吉田玉男の芸談聞き書き。住大夫さんに続いて、文楽シリーズで読んでみた。

修業時代や先輩後輩との思い出を語るところは、真面目で控えめで、飄々とした印象。しかし後半、役柄の解説になると、やっぱり凄みがある。後ろから人形を遣っていて、顔が見えないのに目線がぶれず、きめ細かい動きを計算し尽くしているという。あえて、じっとしていて存在感を示す、辛抱の心も面白い。

文楽の大夫はオペラ歌手のようだけれど、オペラと違うのは一人で何役もこなし、ト書きまで語るところ。役に没入し過ぎない。人形遣いも、あくまで人形を通して演じるのであり、真に迫って喜怒哀楽を表現していても、語り口はどこかクールだ。本当に不思議な芸。生で観ることができないのが残念だ。(2009・3)

March 23, 2009

「再発」

発作……。
となると、昨日のあの症状は風邪ではなかったということか。
悔い、そして自分に対する情けなさで、顔が歪むのが分かった。

「再発」仙川環著(小学館文庫)  ISBN: 9784094083576

静かな片田舎。実家の医院を継いだ真澄の眼前で、少女が相次いで謎の死をとげる。

感染症のリスクは、意外に身近なところに潜んでいる。著者は「平和ボケ」とも言えそうな、行政や個人の備え不足に警鐘を鳴らす。そこに、ヒロインが医師として使命感に目覚めていくストーリーを絡めた。
題材から考えると、もっと大仰に表現することも可能だと思うが、パニックサスペンスというには静かな印象。文庫書き下ろし。(2009・3)

March 22, 2009

「星々の生まれるところ」

サイモンは彼女のそばに立った。今この期に及んでも、自分たちはうまく行かないーーさりといって、終わりにもできないデートをしているような感覚があった。

「星々の生まれるところ」マイケル・カニンガム著(集英社) ISBN: 9784087734492

ニューヨークを舞台に、ウォルト・ホイットマンの詩からの引用を縦糸として綴る過去、現代、未来の中編3編。

SNS読書会の3月課題本を読む。読む人によって、とてもいろいろなテーマを見つけることができる小説だと思う。

個人的に3編にはいずれも、背景に社会を覆う不安が感じられた。19世紀半ばの人間性を失いつつある産業社会とか、「9・11」後のテロへの恐怖とか、メルトダウン後の荒廃とか。それぞれ登場する女性や男児が、逃走を試みるけれども、不安に対して個人はどうしようもなく無力だ。その無力さ加減は、やりきれないほどで、1編目は正直、読み進むのに少し難儀した。

しかし緊迫したミステリー風の2編目、SFロードムービー調で、少しコミカルな3編目と、どんどん勢いがついた。きっと人と人は、わかりあえない。人造人間と異星人も同様だ。切なさが、リアリティをもって胸に迫ってくる。
でも、わかりあいたいという思い、希望は決して消えない。星の誕生を見に行くのは、そういう壮大な「繰り返し」を引き受けるということだろうか。3編を通じて登場する小道具や、共通する登場人物の名前といった仕掛けが、何気ないようでいて緻密だ。南條竹則訳。(2009・3)

廻る命の環~『星々の生まれるところ』  真紅のthinkingdays

March 13, 2009

「ポトスライムの舟」

維持して、それからどうなるんやろうなあ。わたしなんかが、生活を維持して。

「ポトスライムの舟」津村記久子著(文藝春秋2009年3月号)

奈良の化粧品工場のラインで、契約社員として働くナガセ、29歳の日常。

第140回芥川賞受賞作を読んだ。淡々と、ごくごく普通の言葉で、現代女性の心の揺れを綴っていて、うまい。主人公の女性はいわゆる「氷河期世代」で、新卒で勤めた職場の人間関係で心を病み、今は「非正規」だ。先行きを考えれば不安、かといって安定を得るためがむしゃらに頑張るほど、タフではない。ふとしたきっかけで163万円貯めよう、と思い立ち、手帳にちまちまと出費をつけ始める。友人と出かけた奈良-難波の電車賃が往復1080円、洋食屋での夕食1150円…。誠実な人柄が感じられる、生活の細部がリアルだ。

「非正規」だけど、現在の雇用不安を意識したような閉塞感は乏しい。文章のテンポがよく、全編にそこはかとなくユーモアが漂っているせいか。ある日、家にある観葉植物のポトスライムの葉をむしって、手を変え品を買え調理して食べる夢を見る。夢のなかでナガセは、にやにやしながら手帳に出費ゼロ円と書きつけるのだ。笑いが自分を守る殻になっているような、明るい切実さがある。

ドラマチックなことは何も起きないのだけど、周囲の人との触れ合いが温かい。母と住む古い一軒家に、離婚を決意して家を飛び出してきた友人と小さい娘を、すんなり受け入れる。この、あまり愛想のない少女と二人で、コップに雨を受けながらポトスの水差しをして、薄暗い廊下に並べるシーンがすがすがしい。初出は「群像」08年11月号。(2009・3)

『ポトスライムの舟』津村記久子  雑感、あるいは駄文
ポトスライムの舟  まっしろな気持ち

March 12, 2009

「子どもの貧困」

何割かの子どもが将来に向けて希望をもてず、努力を怠るようなこととなれば、社会全体としての活力が減少する。格差がある中でも、たとえ不利な立場にあったとしても、将来へ希望をもてる、その程度の格差にとどめなくてはならない。

「子どもの貧困」阿部彩著(岩波新書) ISBN: 9784004311577

国立社会保障・人口問題研究所に所属する貧困研究者が、子どもに焦点を絞って日本の実態を分析、あるべき対策を提言する。

所得の中央値の50%という「貧困線」から、日本の子どもの貧困率は15%であり、欧州大陸の諸国などと比べて決して低い水準ではないと前提をおいたうえで、その実態を探っている。データが豊富で、素人にはその一つひとつを吟味することは難しく、正直言って消化不良ぎみになった。
そんななかで、「相対的貧困」の物差しは、なかなか興味深かった。現代の日本では、食べるものが全く無いとか、深刻な病気が蔓延しているといった切羽詰まった状況に陥る人は限られるだろうから、貧困対策の拡充をうんぬんするのは、ある種の「甘え」ではないかーー。そんな意見に対して、著者は指摘する。人は生きていくために社会の一員として他者と交流したり、人生を楽しんだりすることも必須で、それが欠けているかどうかの判断は相対的なものだという見方だ。

給付つき税額控除など、貧困対策の提言にあたる部分には、いろいろ議論があると思う。著者も「自己責任論」は十分、意識している。限られた社会資源を、どう配分したらいいのか。正論は正論、切実さは切実さとしたうえで、子どもの貧困を無くすことは未来へのセーフティネットになるという、いわば税金を使う効果の可視化も、あえて必要かもしれないと感じる。(2009・3)

March 05, 2009

「出星前夜」

二万七千余の誰もが共通して抱いていたのはただ一つ、人としてふさわしい死を迎えることにあった。

「出星前夜」飯嶋和一著(小学館) ISBN: 9784093862073

家光治世の寛永14年に勃発した「島原の乱」の一部始終を、壮大な構想で描ききる。

読者大賞」候補ということで、キノベス2008一位の歴史長編を読む。540ページもの厚みには、ちょっとひるんだ。戦乱をテーマにしているにもかかわらず、こういうテーマにありがちな超人的なヒーローとか、大向こうを唸らせる劇的展開とかは、ない。特に前半は筆致に抑制がきいており、蜂起に至る島原庶民の実情を丹念に描いていく。そのリアル感は、まるで同時代の社会的事件をルポしているようだ。

無謀で苛酷な年貢取り立てで民は困窮し、幼く弱い者から順に病に倒れて命を落としていく。悪政に耐えられず声を上げれば、困窮ではなくキリシタンの抵抗だと問題をすり替えられ、闇に葬られてしまう。しかし島原には、もって生まれた海の民としての自立心と、キリシタン時代に培った並はずれた知性、誇りがあった。

島原の乱といえば、若きカリスマ天草四郎に率いられた宗教的熱狂。そんな教科書的な先入観が、読み進むうち根底から覆されていく。まっとうな人として生きたい、という、やむにやまれぬ人々の叫びが高まり、後半の蜂起、そして壮絶な原城攻防戦へとなだれ込んでいく。もう、止まりません。

クールな文章だからこそ、為政者たちのどうしようもない愚かさ、討伐軍の無能ぶりが際立つ。そこから伝わってくるのは、著者の強烈な怒りだ。対する蜂起勢の元武将、鬼塚監物の人物像が、なんと魅力的なことか。まさに情熱と冷静を併せ持つ男。なかでも苛酷な籠城戦のあいまに、監物がふと星を見上げて物思うシーンの静謐さが印象的だ。抗うことができない大きな歴史のうねりのなかに、小さな青白い光を放つ、個人の存在。

乱は多くの人生を狂わせ、何だかやりきれない形で終結する。その後、読者はもう一つの「星」の物語を読む。辛い境遇において、あえて生き残ることを選んだ者が放つ、一筋の光明が余韻を残す。

それにしても、4年をかけた書き下ろし、という著者の執念が驚きだ。ちょい役も含めた登場人物の固有名詞や、兵の数、武器の数、陣形それぞれの距離やら攻撃開始の時間やら、具体的な数字がぎっしり詰まっていて、読む方はお腹いっぱい。時に記述の繰り返しが気になるものの、この緻密さは並大抵ではない。大佛次郎賞受賞。(2009・3)

 出星前夜  飯嶋和一  今更なんですがの本の話

« February 2009 | Main | April 2009 »