「黒百合」
「月曜日にまた遊ぼうや」
「うん、そやね。月曜は午後からやけど、かまへん?」
おさげ髪の尻尾を後ろに払いながら微笑む香を見て、私はーーそしてきっと一彦もーー月曜の午後がとても待ち遠しく思えた。
「黒百合」多島斗志之著(東京創元社) ISBN: 9784488024383
1952年夏、六甲山で出会った二人の少年と一人の少女。みずみずしい恋心と、彼らを取り巻く衝撃の人間模様。
ブロガーの間で評判の一冊を読む。深緑のカバーイラストがぴったりの、物静かな筆致だ。ミステリーとしては、難しいというか、今ひとつすっきりしないと思う。正直、ラスト3ページのどんでん返しは読んで一瞬、飲み込めなかった。えっ、あの人とあの人は一体何だったの? どうしてこんな大どんでん返しが必要なの? …単純な反射ではありますが。
でも、様々な伏線に思い当たった後で、ミステリーの仕掛けとは別に、登場する二人の女性の魅力がじわじわと染みてきた。一人は主人公の少年が親しくなる香。もう一人は時を遡った1935年、少年の父がベルリンで知り合った二十歳の真千子。共に複雑な境遇を抱え、不器用にもがきながら生きていく。けれども、知的で、凛としたプライドがある。
そしてページからたちのぼる時代の雰囲気が、その魅力を際立たせている。香の場合は高度成長のとば口であり、古い関西の上流階級のイメージを漂わせながら、その後の激しい価値観の変動を予感させる。一方の真千子の1935年は、「グランドホテル」そのまま、暗い時代へと転がり落ちていく不穏な空気のただ中だ。そんな、それぞれの時代に前を向き、顔を上げて生きようとする女たち。
ここまで思いをめぐらせて初めて、アクロバティックなどんでん返しのドラマを、自分なりに味わえた気がした。すべてが遠い回想として語られるのも効果的。
もう一つの楽しみは、関西弁の心地よさだ。登場する女たちがよく口にする、「ふん」という相づちが柔らかい。(2009・1)
「黒百合」多島斗志之 東京創元社 233P 1,575円 2008/10 とにかく読まないと…
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