「フロスト気質」
マレットはひとつ咳払いをして口を開いた。「その、不幸にして起こってしまった昨晩の事故で、幹部クラスの警察官五名が骨折を負い、治療のため現在も入院を強いられている」
「それじゃ、悪いことばかりでもなかったわけだ」とフロストは言った。
マレットは、その発言については無視することにした。
「フロスト気質」R・D・ウィングフィールド著(創元推理文庫) ISBN: 9784488291044 ISBN: 9784488291051
ハロウィーンを迎えたイギリスの田舎町、デントン。次々と起きる大小様々な事件にフロスト警部が立ち向かう。
評判のシリーズの最新作(上下巻)を読んでみた。いやー、面白かったです。
まず感じたのは、1日がすごく長いってこと。冒頭、メインと思われる少年行方不明事件が勃発して、休暇中のはずのフロスト警部が運悪く捜査に駆り出されるのだけれど、その後、別の事件が次々に起こって、肝心の少年行方不明事件が動き出すのは、ようやく300ページあたり。
でも、その長さを感じさせないのが、えらい。事件はそう格好良く、整然と起きてはくれない。刑事たちは組織人である以上、大事件に取り組む間にも、小さな事件に遭遇すればそれも放置できない。フロスト自身、忙しすぎて誰が誰だか時々わからなくなる、その感じがリアルだ。
そして、いかにもありそうな職場の人間模様が読ませる。やることなすこと保身だらけの上司、野心まんまんの女性部下、怠惰で愚痴が多くて憎めない同僚、などなど。お仕事ってこうだよなー、警察小説ってこうだったよなー、と思い出す感じです。
下巻に入ってから捜査が行き詰まって、ちょっとストーリーは停滞するんだけれど、こここそがフロストの面目躍如ではないでしょうか。なにしろ、これでもかというほど駄目人間。ひっきりなしにお下劣なギャグや憎まれ口を繰り出して、笑わせてくれるだけではない。根拠薄弱な勘に頼って捜査を指揮し、無茶を重ね、それで成果が上がらないと落ち込んで、やけ酒をかっくらった挙げ句、飲酒運転までしてしまう。それはないでしょ、仮にも刑事なんだから。これがテレビドラマ化されて堂々電波にのってるというのが信じられないくらい、駄目駄目です。でもチャーミングなんだなあ。浅はかな言動も、決して自分のためじゃない。心根が温かくて、周囲が思わず手をさしのべてしまう。「フロスト気質(かたぎ)」っていう邦題も、うまい。
終盤、再び事件が動き出してからは怒濤の展開。フロスト警部は骨身を惜しまず、自ら現場に飛び込んでいく。ねつ造も隠蔽も、もう誰も責めませんよ。拍手。すでに著者が亡くなり、フロストシリーズの長編は本書を除いてたった5作というのが悔しい。芹澤恵訳。(2009・1)
フロスト気質 それよりもアノ本の話
R・D・ウィングフィールド『フロスト気質 上・下』 浅読み日記
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