「造花の蜜」
犯罪を犯罪という尺度で測れば、犯罪でなくなるのではないか……
「造花の蜜」連城三紀彦著(角川春樹事務所) ISBN: 9784758411240
五歳になったばかりの利発な少年、圭太が幼稚園から連れ去られた。家族と捜査陣は、誘拐犯の予想外の言動に翻弄される。
ブロガーの間で評判がいい、480ページの長編。直木賞受賞の「恋文」以来、この著者を読むのは実に四半世紀ぶりだ。文章は遠い昔の印象通り、いたって端正。しかし正直、240ページあたりまでは読み進めながら少しイライラした。というのも、伏線めいたエピソードや、蜜とか血とか思わせぶりのイメージが盛りだくさんな一方で、登場人物の誰の言うことも釈然とせず、どこまで本気か信じられない感じなのだ。隔靴掻痒というか、どうも現実感が伴わない。
ところが後半に入って、別の視点から誘拐が語られ始めると、一気に事件が別の顔を見せて、驚かされる。そこからは勢いがついた。いったい「囚われる」とは、どういうことなのか。尽きない欲望によって複雑になってしまった現代社会。人は何かしら、秘密をかかえている。例えばそれは誘拐された少年の、出生の事情のように。
そういう秘密のせいで、人はまるで誘拐事件の被害者のごとく、不自由に生きていたり、あるいは誘拐事件の加害者のように、ほかの誰かを縛り付けてしまったりしている。そんな「囚われた生活」の、どこまでが罪で、どこまでが罪でないか、境界があやふやになっていく面白さ。
たまたま最近出かけた越後湯沢が、舞台の一つとして登場。その北国に降る雪と、思い出の夏の日差しとが、合わせ鏡のようにオーバーラップするシーンが印象的だ。ちなみに最終章の第二の事件は、おまけというか、コース料理の後のデザートのような感じ。ストーリーとしては何だかまとまりがないと思うんだけど、いっそう煙に巻かれちゃいました。紗がかかったような蘭の花の装丁が美しい。(2009・1)
造花の蜜/連城三紀彦
銀の翼
造花の蜜 連城三紀彦 A 棒日記
連城三紀彦『造花の蜜』 こんな夜だから本を読もう
« 「文楽のこころを語る」 | Main | 「戦争サービス業」 »
こんにちは。
やはり、前半と後半で見え方が全く違う事件になっていて、その対称がおもしろかったです。
今になって考えれば、あの舞台として雪国越後湯沢が使われたのも、違いをはっきりさせる為のような気がします。
Posted by: shiba_moto | January 30, 2009 11:56 AM
湯沢を挟んで世界が反転してたんですねー。一筋縄ではいかないなあ。
Posted by: COCO2 | January 31, 2009 01:36 AM