« 「テンペスト」 | Main | 「高円寺古本酒場ものがたり」 »

December 18, 2008

「密やかな結晶」

「分かりません。消えない心がそのまま生き延びることのできる場所が、どこかにあるのかもしれません。けれど誰も、そこに行ったことはないのでございます」
 おじいさんは毛布の上で、ナプキンを小さく折り畳んだ。

「密やかな結晶」小川洋子著(講談社文庫) ISBN: 9784062645690

「わたし」が暮らしているのは、閉じた世界のなかで、徐々に「何か」の存在が消滅していく島だ。消滅が起きると、その何かにまつわる人々の記憶も根こそぎ失われてしまう。わたしはもう、「リボン」や「切手」や「香水」が一体何なのか、わからない…。

SNS「やっぱり本を読む人々。」の推薦文庫を読む。喪失をめぐる、静謐な大人のファンタジー。非現実なのだけれど、ものすごく確かな手触りに満ち、まざまざと目に浮かぶ印象的なシーンがいくつもある。この筆力は、並大抵ではないと思う。

消滅が起きて、人々が何かについてすっかり記憶をなくしても、何故か心に思い出を持ち続ける人が少数いる。そんな人々は秘密警察の理不尽な「記憶狩り」に遭い、どこかへ連れ去られてしまう。解説で、井坂洋子さんが「アンネの日記」とイメージを重ね合わせている。私は読みながらずっと、「本泥棒」を思い描いていた。喪失や抑圧に対する、とても静かで、やみがたい抵抗。

人が抑圧を抑圧と感じるには、何が必要なのだろう。生きている実感の正体って、いったい何なのだろう。街中の川を流れていく薔薇の花びらや、焼け落ちる図書館といった、映画みたいな高揚感が心に残る。(2008・12)

 小川洋子 『密やかな結晶』  CotoAra。月見の本棚
「密やかな結晶」小川洋子   本を読む女。改訂版
▲「密やかな結晶」 小川洋子 講談社文庫 720円 1999/8  「本のことども」by聖月

« 「テンペスト」 | Main | 「高円寺古本酒場ものがたり」 »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「密やかな結晶」:

» ▲「密やかな結晶」 小川洋子 講談社文庫 720円 1999/8 [「本のことども」by聖月]
 独特の静かな箱庭設定の本書である。いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』やアゴタ・クリストフ『悪童日記』がそうであったように、どこか無国籍、どこか不可思議な大人の童話なのである。  主人公はある島に住む若い女性。仕事は小説家。この島は不思議な島で、ある日それまで普通にあったものが、自然に存在しなくなってしまう。ある朝目覚めると、鳥という存在がなくなってしまう。勿論、鳥かごやら鳥類図鑑などは残ってしまうのだが、人々はなくなってしまったものには認識が持てなくなり、そういうものはもう燃やしたり捨... [Read More]

« 「テンペスト」 | Main | 「高円寺古本酒場ものがたり」 »