「密やかな結晶」
「分かりません。消えない心がそのまま生き延びることのできる場所が、どこかにあるのかもしれません。けれど誰も、そこに行ったことはないのでございます」
おじいさんは毛布の上で、ナプキンを小さく折り畳んだ。
「密やかな結晶」小川洋子著(講談社文庫) ISBN: 9784062645690
「わたし」が暮らしているのは、閉じた世界のなかで、徐々に「何か」の存在が消滅していく島だ。消滅が起きると、その何かにまつわる人々の記憶も根こそぎ失われてしまう。わたしはもう、「リボン」や「切手」や「香水」が一体何なのか、わからない…。
SNS「やっぱり本を読む人々。」の推薦文庫を読む。喪失をめぐる、静謐な大人のファンタジー。非現実なのだけれど、ものすごく確かな手触りに満ち、まざまざと目に浮かぶ印象的なシーンがいくつもある。この筆力は、並大抵ではないと思う。
消滅が起きて、人々が何かについてすっかり記憶をなくしても、何故か心に思い出を持ち続ける人が少数いる。そんな人々は秘密警察の理不尽な「記憶狩り」に遭い、どこかへ連れ去られてしまう。解説で、井坂洋子さんが「アンネの日記」とイメージを重ね合わせている。私は読みながらずっと、「本泥棒」を思い描いていた。喪失や抑圧に対する、とても静かで、やみがたい抵抗。
人が抑圧を抑圧と感じるには、何が必要なのだろう。生きている実感の正体って、いったい何なのだろう。街中の川を流れていく薔薇の花びらや、焼け落ちる図書館といった、映画みたいな高揚感が心に残る。(2008・12)
小川洋子 『密やかな結晶』 CotoAra。月見の本棚
「密やかな結晶」小川洋子 本を読む女。改訂版
▲「密やかな結晶」 小川洋子 講談社文庫 720円 1999/8 「本のことども」by聖月
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独特の静かな箱庭設定の本書である。いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』やアゴタ・クリストフ『悪童日記』がそうであったように、どこか無国籍、どこか不可思議な大人の童話なのである。
主人公はある島に住む若い女性。仕事は小説家。この島は不思議な島で、ある日それまで普通にあったものが、自然に存在しなくなってしまう。ある朝目覚めると、鳥という存在がなくなってしまう。勿論、鳥かごやら鳥類図鑑などは残ってしまうのだが、人々はなくなってしまったものには認識が持てなくなり、そういうものはもう燃やしたり捨... [Read More]
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