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December 25, 2008

「奇術師」

観客の目をくらましたいと思っている奇術師の願望がどれほどのものか、わかっている人間はほとんどいない。奇術師にとって、通常の法則を明らかに無視することが、生きていくうえで片時も忘れることのできないほどの強迫観念になっているのである。

「奇術師」クリストファー・プリースト著(早川書房)  ISBN: 9784150203573

あんまりやる気のない新聞記者、アンドルーはある日、自分の曾祖父の手記だという古いペーパーバックを贈られる。そこに記された奇術師二人の確執と、大技イリュージョン「瞬間移動」を巡る驚くべき秘密。

ブロガーの間で評判の幻想小説を、今さらながら読んでみる。正直、長いし、実は、今ひとつすっきりしない感じもある。私の飲み込みが悪いだけだろうけど。

でも、つくり込まれた雰囲気、道具立ての細部が魅力的だ。曾祖父の世代が生きたのは、世紀末のロンドン。どんな怪奇現象が起きてもおかしくないような、舞台設定だ。そして奇術にとりつかれた彼らの残した謎が、100年近い時をへて現代に蘇る、という豊かな物語性。
科学を信奉する新興国アメリカとの対比もうまい。エジソンのライバルだったという実在の天才発明家、テスラの人物像が、怪しさ満点だ。

そして交互に綴られる「語り」の大半は、二人の奇術師の手記の形をとり、秘密に奥行きを与えている。マジックの観客は、気持ちよく騙される喜びにカネを払うのであり、ネタを知ることを必ずしも喜ばない。奇術師もプロ同士、たとえ互いのネタの正体を察しても、やたらと口外しないのが礼儀だ。だけど彼らは本当は、上質のネタの真実を知りたがっている。仕事熱心ならなおさらだ。かくして奇術師の手記は時折、ひっそりと少部数だけ刷られ、専門家の間だけで流通する。しかも著者が騙しの天才たちだけに、書かれていることのどこまでが真実かはわからないーー。

そして終盤の地下室の光景といったら! とにかく語り出すと止まらない、二重三重、仕掛け満載の、凝ったお話です。古沢嘉通訳。(2008・12)

「奇術師」クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳  本を読む女。改訂版

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