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December 27, 2008

「白洲正子と歩く京都」

「買う」のではなく「誂える」という言葉があった。

「白洲正子と歩く京都」白洲正子、牧山桂子ほか著(新潮社) ISBN: 9784106021695

京都に出かけるのを機に、写真がきれいな「とんぼの本」を手にとった。雑誌「旅」の特集をもとに、白洲正子の著作の引用と、それにまつわるエッセイ、京案内を組み合わせてあって楽しい。

今回の京都旅行は中心部の散策だったので、紹介されていた中から、箸や唐紙の店に立ち寄ってみた。職人の技は落ち着いていて、上品で、とても贅沢。今度はもう少し暖かい時期に、白洲正子が訪れた郊外の古寺に足をのばしたい。それにしても、ミッソーニの茶系のコートを羽織った著者の旅姿は、格好いいなあ。(2008・12)

December 25, 2008

「奇術師」

観客の目をくらましたいと思っている奇術師の願望がどれほどのものか、わかっている人間はほとんどいない。奇術師にとって、通常の法則を明らかに無視することが、生きていくうえで片時も忘れることのできないほどの強迫観念になっているのである。

「奇術師」クリストファー・プリースト著(早川書房)  ISBN: 9784150203573

あんまりやる気のない新聞記者、アンドルーはある日、自分の曾祖父の手記だという古いペーパーバックを贈られる。そこに記された奇術師二人の確執と、大技イリュージョン「瞬間移動」を巡る驚くべき秘密。

ブロガーの間で評判の幻想小説を、今さらながら読んでみる。正直、長いし、実は、今ひとつすっきりしない感じもある。私の飲み込みが悪いだけだろうけど。

でも、つくり込まれた雰囲気、道具立ての細部が魅力的だ。曾祖父の世代が生きたのは、世紀末のロンドン。どんな怪奇現象が起きてもおかしくないような、舞台設定だ。そして奇術にとりつかれた彼らの残した謎が、100年近い時をへて現代に蘇る、という豊かな物語性。
科学を信奉する新興国アメリカとの対比もうまい。エジソンのライバルだったという実在の天才発明家、テスラの人物像が、怪しさ満点だ。

そして交互に綴られる「語り」の大半は、二人の奇術師の手記の形をとり、秘密に奥行きを与えている。マジックの観客は、気持ちよく騙される喜びにカネを払うのであり、ネタを知ることを必ずしも喜ばない。奇術師もプロ同士、たとえ互いのネタの正体を察しても、やたらと口外しないのが礼儀だ。だけど彼らは本当は、上質のネタの真実を知りたがっている。仕事熱心ならなおさらだ。かくして奇術師の手記は時折、ひっそりと少部数だけ刷られ、専門家の間だけで流通する。しかも著者が騙しの天才たちだけに、書かれていることのどこまでが真実かはわからないーー。

そして終盤の地下室の光景といったら! とにかく語り出すと止まらない、二重三重、仕掛け満載の、凝ったお話です。古沢嘉通訳。(2008・12)

「奇術師」クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳  本を読む女。改訂版

December 22, 2008

2008年ベスト

ちょっと早いけど、新刊・旧刊取り混ぜて、私なりの2008年ベストを考えてみる。振り返ると、仕事の都合で以前に比べ、半ば義務的に読むことが減った分、積読を少しは切り崩せた年だった。まだ、だいぶ積み上がってますが。
それから読書SNSの企画のおかげで、文庫の名作にチャレンジした。SFとか本格とか、前から気になっていたけど食わず嫌いだった著者や、全く存在を知らなかった著者にもぽつぽつと挑戦し、我ながら読書体験が広がった感じ。相変わらず、分厚い本は敬遠してるけど。

フィクションは絞りにくいけれど、きりのいいところで10冊。

1、ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎)
2、ペンギンの憂鬱(アンドレイ・クルコフ)
3、本泥棒(マークース・ズーサック)
4、赤朽葉家の伝説(桜庭一樹)
5、ジョーカー・ゲーム(柳広司)
6、カラスの親指(道尾秀介)
7、悪人(吉田修一)
8、われらが歌う時(リチャード・パワーズ)
9、無言の旅人(仙川環)
10、ボートの三人男(ジェローム・K・ジェローム)

この順番は時がたつと変わっていきそうだなあ。いちばん2008年らしい、というのはパワーズでしょうか。ノンフィクションでは、

1、赤めだか(立川談春)
2、その数学が戦略を決める(イアン・エアーズ)
3、フェルマーの最終定理(サイモン・シン)
4、戦争広告代理店(高木徹)
5、盗聴 二・二六事件(中田整一)

「赤めだか」は著者がほとんどフィクション、というか「嘘です」って、あちこちでおっしゃってるようですが、人間を見る目が落語そのものというか、そういう落語家の脳内を覗くという意味で、ノンフィクションだよね。

 2008年を振り返って(読書篇)  Roko's Favorite Things

December 19, 2008

「高円寺古本酒場ものがたり」

本日休ませていただきます

人生の正念場なので、本日休ませていただきます。

「高円寺古本酒場ものがたり」狩野俊著(晶文社)  ISBN: 9784794967305

東京・高円寺で古書店兼居酒屋を営む著者の、ブログの店長日記2年分と、足跡を振り返った書き下ろし、そして古書店仲間へのインタビュー。

イベントの告知などを含むブログ日記が味わい深い。淡々としているようでいて、季節が漂ってくる。書き下ろし部分の、開業前に連帯保証人代行業を訪ねる話や、一本の電話で泥沼の「引きこもり」状態を脱するエピソードなどは、鮮やかな短編小説のようだ。

人見知りを自認しているけれど、読んでいると素晴らしい出会いがいっぱいで、羨ましい。こだわりが、人をひきつけるのだろうか。かなりの酒量のようだけど、最近はちょっと控えているとか。体を大事にして頂きたいものです。(2008・12)

December 18, 2008

「密やかな結晶」

「分かりません。消えない心がそのまま生き延びることのできる場所が、どこかにあるのかもしれません。けれど誰も、そこに行ったことはないのでございます」
 おじいさんは毛布の上で、ナプキンを小さく折り畳んだ。

「密やかな結晶」小川洋子著(講談社文庫) ISBN: 9784062645690

「わたし」が暮らしているのは、閉じた世界のなかで、徐々に「何か」の存在が消滅していく島だ。消滅が起きると、その何かにまつわる人々の記憶も根こそぎ失われてしまう。わたしはもう、「リボン」や「切手」や「香水」が一体何なのか、わからない…。

SNS「やっぱり本を読む人々。」の推薦文庫を読む。喪失をめぐる、静謐な大人のファンタジー。非現実なのだけれど、ものすごく確かな手触りに満ち、まざまざと目に浮かぶ印象的なシーンがいくつもある。この筆力は、並大抵ではないと思う。

消滅が起きて、人々が何かについてすっかり記憶をなくしても、何故か心に思い出を持ち続ける人が少数いる。そんな人々は秘密警察の理不尽な「記憶狩り」に遭い、どこかへ連れ去られてしまう。解説で、井坂洋子さんが「アンネの日記」とイメージを重ね合わせている。私は読みながらずっと、「本泥棒」を思い描いていた。喪失や抑圧に対する、とても静かで、やみがたい抵抗。

人が抑圧を抑圧と感じるには、何が必要なのだろう。生きている実感の正体って、いったい何なのだろう。街中の川を流れていく薔薇の花びらや、焼け落ちる図書館といった、映画みたいな高揚感が心に残る。(2008・12)

 小川洋子 『密やかな結晶』  CotoAra。月見の本棚
「密やかな結晶」小川洋子   本を読む女。改訂版
▲「密やかな結晶」 小川洋子 講談社文庫 720円 1999/8  「本のことども」by聖月

December 14, 2008

「テンペスト」

どの国とも衝突することなく、相手国の尊厳を保ち、且つ常に琉球の優位を貫き通せ。

「テンペスト」池上永一著(角川書店)  ISBN: 9784048738682  ISBN: 9784048738699

琉球王国末期の王宮に、颯爽と現れた美貌の官僚の波乱の半生。

「ベルばら+大奥」ともいうべき、おひねりが飛んできそうな極彩色エンタテインメント。女ながら男装して宦官と偽り、高級官僚となった主人公が、外交交渉に手腕を発揮。政争に敗れて流刑となるも、奇跡的に復活し…と、ありえない展開がてんこ盛りだ。
「涙目」とか「ルンルン」といった軽い単語の連発や、悪役の気色悪さには正直、辟易とさせられる。「理性の男、感情の女」という対立軸も意外性は乏しい。でも、下世話に徹した上下巻800ページ超にはエネルギーがある。

琉球王朝について知識がなかったので、物語の背景が興味深かった。清、薩摩に加え迫り来る欧米列強という圧力の狭間にありながら、知力を武器に生き残ろうとする。こうした国際政治の表舞台から遊女に至るまで、物語の底流には「被支配」という存在の、どうしようもない悲しさや、決してきれい事ではないたくましさが流れているように思う。これが物語のエネルギーの源なのだろうか。石畳の道の、雨のシーンが妙に美しい。(2008・12)

December 10, 2008

「暴走する資本主義」

モノを買うときの個々の消費者の好みについては資本主義はますます反応がよくなったが、市民としての私たちみんなが望むことに対する民主主義の反応は鈍くなる一方である。

「暴走する資本主義」ロバート・B・ライシュ著(東洋経済新報社) ISBN: 9784492443514

クリントン政権で労働長官を務めた経済学者が、「スーパーキャピタリズム」が引き起こした社会状況を分析。

クルーグマンに続き、個人的に「民主党政権交代シリーズ」で読んでみた。著者の主張は明快。ひたすら利潤を追い求める企業による、巧妙なロビー活動によって、民主的な政策決定がゆがんでいるという状況を、豊富な事例で説いていく。

では、企業をそういう行動に駆り立てる原因は、どこにあるのか。グローバリズムは全く無縁ではないが、著者が目を向けるのはむしろ、一般国民自身の選択だ。消費者として安い商品を求め、また投資家として、虎の子の投信の少しでも高いリターンを願う。そういう身近な振る舞いが企業を動かし、巡り巡って自らの雇用や、近隣コミュニティーの安全などを揺るがしている。だから一人ひとりがそう認識して選択を変えれば、本来の民主主義を取り戻せるかもしれない、というわけだ。

にわかには共感できない論調もあった。企業が利益追求と両立させつつ、すすんで社会的責任を果たす試みの効果を、かなり強く否定していること。それから、企業に対し納税などの責任の免除とセットで、政治参加の権利を制限する提言などだ。
しかし、格差や非正規雇用の問題など、日本でも切実になっている様々なイシューについて、その背景、メカニズムを整理するには格好の一冊だと思う。日本において多くの福祉を担ってきた企業という存在そのものについても、考えさせられる。雨宮寛・今井章子訳。(2008・12)

 すでに脱線しているかも? ロバート・B・ライシュ「暴走する資本主義」(東洋経済新報社)   梟通信

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