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November 26, 2008

「東京バンドワゴン」

あの野郎はなぁ、人の痛みってやつをわかってるじゃねぇか。そういう奴はなぁ、まぁそういう奴だ。今度からは家に来ても怒鳴らねぇようにしてやるからって伝えとけ

「東京バンドワゴン」小路幸也著(集英社文庫) ISBN: 9784087462876

東京下町の古書店兼カフェ「東京バンドワゴン」を営む堀田家の4世代8人と、一家を取り巻く人々の人情話。

向田邦子脚本の名ドラマ「寺内貫太郎一家」の世界だ。派手な喧嘩こそないけれど、一家揃ってちゃぶ台を囲み、わいわい言いながら食事するシーンや、老いても頑固なひいじいちゃん、和服が似合いそうな近所の飲み屋のママさんといった「お約束」が続々登場。
ちょっとした事件が起こるけれど、悪人はいない。シングルマザーとか、生き別れた親との再会とか、人生のほろ苦さもほどよい感じです。ちょっと惜しいのは、あくの強い樹木希林さんや左とん平さんにあたるキャラクターがいないことか。

こうなると、ドラマを思い浮かべずにはいられない。えーと、「伝説のロッカー」の父は奥田瑛二とか。実年齢は若すぎるけれど、渡部篤郎も雰囲気。常識的な長男は堺雅人、やたらともてる次男に小栗旬ってどうでしょう。格好良すぎるかな。(2008・11)

November 22, 2008

「格差はつくられた」

経済の問題としても、また実践的な政治課題としても、格差を是正し、再度アメリカを中産階級の国にすることは可能なはずである。そしていまこそが、それを始めるときだといえる。

「格差はつくられた」ポール・クルーグマン著(早川書房) ISBN: 9784152089311

08年ノーベル経済学賞をタイミングよく受賞した、リベラル派論客による一般向け著作。「なぜいまオバマなのか」を単刀直入に語る。

実は著者には、エコノミストであると同時に、マイケル・ムーアみたいな強烈な反ブッシュコラムニストという印象をもっていて、あまりに政治的立場が鮮明なので、ノーベル賞をとったとき、ちょっと驚いてしまった。本作の脱稿は07年夏だが、その後のオバマ当選を後押ししたと思われる「進歩派」の思考を明快に解説していて、興味深い。

以下ネタバレですが、著者は、日本でもいろいろ議論があった格差の拡大について、米国においては技術革新やグローバル化が原因なのではなく、「保守派ムーブメント」の意図的な政策が招いたものだ、と断じる。こうした政策は本来、一部の業界や富裕層を利するだけの反民主的なものなのに、人々の人種差別意識を利用した巧妙な戦略によって支持を得てきたと分析。ところが、その支持は有権者の世代交代などによって崩壊しつつあり、いまこそリベラルの強力なリーダーシップのもと、国民皆保険などの格差是正に踏み出すべき、と主張する。

米国ではオバマ当選に前後して、金融危機が勃発し高額報酬を得てきたウォール街の権威が失墜。さらに、雇用と社会保障の一角を担っているビッグスリーの経営が行き詰まる事態を迎え、ますます時代はリベラル&進歩派に傾いているように感じる。

凄く頑張った人が報われる、のではなく、普通に頑張る人が安心できる社会。しかし、その「正当さ」と「成長」との関係は、今ひとつ鮮明でないように思う。状況の違いはあれど、小泉改革の修正という、よく似た国内の政治的潮流は、いったいどこへ向かうのだろうか。考える刺激になる一冊。三上義一訳。(2008・11)

書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal  On Off and BeyondConscienceは良心ではない - 書評 - 格差はつくられた  404 Blog Not Found

November 20, 2008

「ボートの三人男」

われわれには、働く時間も必要だが考える時間も必要だ。生活という日光を楽しみながら、一杯飲む時間も必要である。風の神がわれわれ人間の心の琴線をかきならして奏でる風の音楽に、耳かたむける時間も必要である。それからまた……
 ごめんなさい。いったい話はどこまで行ったっけ?

「ボートの三人男」ジェローム・K・ジェローム著(中公文庫) ISBN: 9784122003514

著者とおぼしき「ぼく」と、友人のジョージ、ハリス、そして飼い犬のモンモランシーの三人と一匹が、気晴らしのためボートに乗り込んで、2週間のテムズ河の旅に出かける。

英国の著名なユーモア小説。SNS「やっぱり本を読む人々。」の推薦文庫を読んでみた。出版は1889年、文庫の初版が1976年で、2007年までに23刷を重ねる定番の一冊。しかも訳者は丸谷才一、解説が井上ひさしという、いってみれば手練れ揃いだ。「文庫を読む楽しみ、ここにあり」という感じ。

内容は、期待に違わぬ愉快さだ。大筋は知的な観光案内で、河をたどりながら美しい郊外の風景や、マグナカルタゆかりの地といった土地それぞれの歴史の蘊蓄が語られる。また、綱の操り方や必要な装備など、ボート遊びに関する実践的指南書でもある。

しかし、話はたびたび脱線。連想がおもむくまま、これまで見聞きした滑稽なことや失敗話、妙な親戚やら知人やらのエピソードが次々飛び出して、とどまるところを知らない。そして著者の構えは、どんな事態に直面しても全く深刻ぶらず、「あらまあ」と肩をすくめて苦笑いしているよう。この軽妙さ、余裕があるから、読んでいてちっとも古さを感じないのだろう。日本だったら、夏目漱石のユーモアのようなものだろうか。(2008・11)

November 15, 2008

「われらが歌う時」

「子供たちには未来の話をしましょう」唯一堪えることができる場所。
 夫がうめき声を漏らす。「どの未来?」
「私たちが見た未来」
 彼は思い出す。

「われらが歌う時」リチャード・パワーズ著(新潮社)  ISBN: 9784105058715  ISBN: 9784105058722

亡命ユダヤ人の物理学者と、声楽を学ぶ黒人女性が、あるコンサートの会場で運命的な恋に落ちた。やがて生まれた三人の子供たちと、アメリカがたどる波乱の半世紀。

とても饒舌な作家だ。上下巻1000ページにわたって言葉がぎっしりと詰まっていて、読んでも読んでも進まない気がする。でもそれは、イライラするような体験では全くない。言葉の海、イメージの海に、心地よく溺れることができる。饒舌で、とても腕力のある作家だ。

戦前から90年代までの時間軸を行ったり来たりしながら、家族の物語を綴っていく。戦争や公民権運動という時代の激動が、時に愛する家族の心を遠ざけてしまう切なさ。大きなテーマの一つになっている異人種結婚の困難がどういうものかは、にわかには実感しづらいけれど、登場人物それぞれが味わう苦い思いの細部を通じて、だんだんにその重さが伝わってくる。
ちょうど、オバマ氏が大統領に当選した時期に、この小説に出会った。彼は歴史に残る当選後初の記者会見で、新居(ホワイトハウス)での飼い犬の選定について「ミクスト(雑種)になるだろう。私のように」と発言した。冗談として報道されていたけれど、決して軽い意味合いではなかったのだろう。

登場人物のうち、長男で、天使の声をもつジョナがとても魅力的。奔放で口が悪くて、シャイな天才。なにしろ、さんざん世話になった弟に久々に電話してきて、いきなりベートーベンを歌い出すのだから。
このジョナを中心にして、小説全編に音楽が鳴り響いているのがまた、心地いい。ネットを駆使して、物語のなかで流れるバッハやらジャズやらの断片を聴きながら読み進んだ。本当に便利になったなあ。1939年の4月、ワシントンに7万5千人を集めたマリアン・アンダーソンの、伝説のコンサートのニュース映像さえ、手元のパソコンで見ることができる。たいしたもんだ。

そんなこんなで、長大な物語のラストに近づくにつれ、古今の膨大な旋律が頭の中に積み重なってくる。そこへ、一家の父が生涯追い求めた「時空の謎」が共鳴し、なにやら問答無用の感動がこみあげる。本当に、その気になれば未来は、私たちの手の中にあるのかもしれない。高吉一郎訳。(2008・11)

 われらが歌う時 瀬名秀明の時空の旅
『われらが歌う時』(リチャード・パワーズ)  書店員のオススメ読書日記

November 13, 2008

「台湾紀行」

私は、台湾を紀行している。
絶えず痛みを感じつつ歩いている。

「台湾紀行 街道をゆく40」司馬遼太郎著(朝日文庫)  ISBN: 9784022641489

1993年から94年にかけて台湾を旅した作家が、歩き、人と出会いながら、国家というものを考える。

思い立って、あまりにも有名な紀行シリーズの一冊を手にとった。実は、この国民的作家の文章をちゃんと読んだことがなかった。本当に今更だけど、歯切れのいい文章のリズムと、選び抜かれた感じの単語づかい、ぱあっと目の前が開けるような比喩にやられました。「帰途、日本にはもういないかもしれない戦前風の日本人に邂逅し、しかも再び会えないかもしれないという思いが、胸に満ちた。このさびしさの始末に、しばらくこまった」ーー。写経のように書き写したら、文章がうまくなるかしら。

古今のたくさんの人物のことを語っている。後藤新平のような教科書に登場する人物から、山地に住む市井の老人まで。著者の人物観が一貫して、理想とか気概とかとともに、朗らかさを重視している感じが面白い。
人々はそれぞれ時代に翻弄され、「数奇」を体現している。そういう状況が決して終わっていないことを思うと、複雑な気分。巻末に当時の総統、李登輝との対談を収録。(2008・10)

November 03, 2008

「やわらかな遺伝子」

遺伝子こそが、人間の心に学習や記憶、模倣、刷り込み、文化の吸収、本能の表現をさせているのである。遺伝子は人形使いではないし、青写真でもない。さらにはただの遺伝形質の運び屋でもない。一生のあいだ活動を続け、お互いにスイッチを入れたり切ったりし、環境に対して反応しているのだ。

「やわらかな遺伝子」マット・リドレー著(紀伊國屋書店) ISBN: 9784314009614

英国のサイエンスライターが「生まれか育ちか(Nature vs Nurture)」、つまり遺伝子か環境か、という二項対立の誤りを、様々な科学分野の研究成果から解き明かす。

ちょうどヒトゲノム計画が集結した2003年の著作を、積読の山から発掘して読んでみた。最近でも米国では、個人が399ドルでDNA解析を頼めるサービスが話題となり、実際に著名起業家が自らの遺伝子変異を告白したりしている。さて、遺伝子はどのくらい人間を支配しているのか?

著者はそんな遺伝決定論にも、環境決定論にも荷担しない。原題は「生まれは育ちを通して(Nature via Nurture)」。遺伝子は実際、思った以上に人の病気や性格、嗜好、行動までもの基盤になっている。けれども、その基盤が発現する過程には、環境との相互作用があるという。

決して読みやすくないと感じた。それは科学的解説が素人にとって難しいせいだけではなく、読者に対して、一方の決定論を選ぶことで「楽になりたい」という安易な心持ちを許さないせいだろう。何かがわかってすっきりする、というより、なにやら科学に基づく人間観というものの奥深さを思わせる一冊。中村桂子、斉藤隆史訳。

マット・リドレー『やわらかな遺伝子』  mm(ミリメートル)
]マット・リドレー「やわらかな遺伝子  Close to the Wall

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