「日暮らし」
どっちにしろ、お恵は一度は泣かなくては済まなかったろう。恋女房ってのはそういうものだ、うん。
佐吉は、平四郎の言葉を目で噛みしめているかのように、しきりとまばたきを繰り返している。
「日暮らし」宮部みゆき著(講談社) ISBN:9784062127363 (4062127369) ISBN:9784062127370 (4062127377)
芋洗坂の屋敷でひっそりと暮らす女主人が殺された。面倒くさがりの同心・平四郎と、美形で「おつむり」も鋭い甥っ子の弓之助コンビが謎に挑む。
江戸下町ミステリーの名作「ぼんくら」に続く上下巻。まあ、当たり前だけど、宮部みゆきは本当にうまいです。舞台が現代のミステリーでは、同時代性を感じさせるテーマを必ず織り込んでいる。時代物のときはそれが無い分、人情の機微が前面に出て、うまさが際立つ。
下手人の疑いをかけられる植木職人の佐吉やら、豪快な煮売家のお徳やら、主要な登場人物が変わらず魅力的。加えて、どんな些細な脇役にも、そこにいて、そんな表情をするにはちゃんと理由がある。普通なら、それぞれを描写していくと、くどくなってしまうと思うのだけど、そこは宮部みゆき。達者な筆遣いでちっとも飽きさせず、するすると納得して読んでしまう。ちゃきちゃきした江戸っ子口調もあいまって、よくできた落語のような世界にとっぷり浸かることができる。精一杯生きてなお、踏みつけられる庶民の切実な怒り。そして怒りを乗り越えてまた、精一杯生きる営みというものが、胸にしみる。
お菓子とか仕出しのおかずとか、食べ物のディテールも印象に残った。本当にこの時代の人たちはこんなものを食べていたのかな、と想像しながら読む。そういうきめ細かさもうれしい。(2008・8)
「日暮らし」宮部みゆき 本を読む女。改訂版
「日暮らし」(上・下)宮部みゆき *読書の時間*
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