「無言の旅人」
「大切な人が切実に望んでいることを、妨げたり気付かないふりをしたりするのは、ひどいことだからね。僕はそういうことは極力しない。あなたも、そういうことはしない人だと思う」
「無言の旅人」仙川環著(幻冬舎) ISBN:9784344014497 (4344014499)
交通事故で意識不明になった男性。その「望み」をかなえるべきなのか、家族や婚約者、医師たちは苦悩する。
力作だと思う。テーマは命の選択。巻末に掲げられた参考・引用文献を眺めただけでも、とても重い。しかも重いということが、誰にもわかっている。読者を裏切ったり驚かせたりするのは、ほとんど不可能といっていいテーマだろう。あえていうならば、エンタテインメントとして、非常に足枷が多い。
けれど著者はこのテーマを、そして愛する人の意思を理解するということの、この上ない困難を丁寧に、抑制をきかせて描いていく。例えば「半落ち」(横山秀夫著)などと比べると、この小説の筆致は時に、淡泊に感じるくらいだ。どんなに深刻な苦悩に直面していても、人は生きている限りお腹がすくし、食べるために働いたりもしなければならない。婚約者、公子の働く女性としての爪、そして華やかな妹、香織の爪との対比といった、何気ない日常の描写がリアルだ。
意外性とか興奮は、薄いかもしれない。300ページ強と、さほど長い小説でもない。しかし重いテーマを、あえてこういう形にまとめたことに、著者の気構えのようなものを感じる。
一人ひとりの存在はかけがえがなく、そしていつだって「書きかけのメール」なのだ。(2008・6)
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