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May 29, 2008

「Carver’s Dozen」

これはなんというか、立派な人が一人もでてこない立派な小説です。

「Carver’s Dozen」レイモンド・カーヴァー著、村上春樹編・訳(中公文庫)  ISBN:9784122029576 (4122029570)

村上春樹が愛する短編、詩、エッセイを収めた「レイモンド・カーヴァー傑作選」。1編ずつ、冒頭に村上春樹の短い解説が付いていて、引用はその中の一節だ。

あらかじめ筋書きを知っていても、読んでしみじみとしたり、はっとしたりするのは何故だろう。突然、掃除機のセールスマンが家に訪ねてくる「収集」の、居心地の悪さ。名前はつけられないけれど、何か大切なものを見つけた感じがする「大聖堂」。そして何といっても、一人息子が誕生日の朝に事故に遭ってしまう夫婦を描いた、「ささやかだけれど、役に立つこと」。

理不尽な人生に対する深い悲しみと、悲しいからこそ感じることができる小さな温かさ。泣けます。本を読む楽しみを噛みしめる一冊。(2008・5)

レイモンド・カーヴァー傑作選/レイモンド・カーヴァー  ここではないどこかへ

May 24, 2008

「あなたの余命教えます」

定年後の寿命が間違いなくあと二十年もあると確信できたら、自分はあのとき先輩の勧めに従って、勇気を出して新しい仕事に踏み出していたかもしれないではないか。

「あなたの余命教えます」幸田真音著(講談社)   ISBN:9784062145428 (4062145421)

定年を四年後に控えたメーカーの部長代理が、ふとしたはずみで関心をもった「余命予測ビジネス」。そこには様々な人間模様が渦巻いていた。

題材が興味深い。ゲノム解析やデータマイニングの技術を駆使して、人の余命を算出する。最近読んだ「プロファイリング・ビジネス」(ロバート・オハロー著)や、「その数学が戦略を決める」(イアン・エアーズ著)などの内容を踏まえれば、もしかしたらもう実在するサービスかもしれない、と思わせる。

もちろん、題材はあくまで題材。ストーリーの主眼は余命を知ろうとすること、そして知ってしまうことが、平凡な人間の心に巻き起こす悲喜こもごものほうだろう。そのあたりの二転三転は、テンポが良くて読みやすい。ラストはちょっと、「放り出された感」があるとは思うけれど。(2008・5)

May 22, 2008

「テロマネーを封鎖せよ」

そしてわたしはスタンフォード大学のキャンパスから数キロの森の中の小村にある、バックス・オブ・ウッドサイドというレストランを選んだ。このレストランはシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストや起業家が商談や会社設立について話し合う場所として評判だった。私たちの協議は何千億ドル規模に上るだろうが、レストランの雰囲気はこうした話し合いに適していた。

「テロマネーを封鎖せよ」ジョン・B・テイラー著(日経BP社)  ISBN:9784822246235 (482224623X)

中央銀行の金利決定に関する「テイラールール」の考案で有名な経済学者が、米財務省次官として経験した国際金融外交の裏表を綴る。

著者は9・11直後の世界的なテロ資金凍結や、イラクの通貨切り替え、中国元の変動相場制移行をめぐる駆け引きなどに、八面六臂の活躍をする。映画のワンシーンのようなホワイトハウス・シチュエーションルームの戦略会議、人目をはばかる通貨マフィアたちとの秘密会合、軍輸送機で乗り込むバクダッド。歴史を動かしたエピソードの連続だ。

子供じみた感想だけれど、有力者の回顧録というのはイコール、自らの功績をめぐる自慢話の連続だと思う。かつてべーカー元国務長官の回顧録「シャトル外交 激動の4年」(新潮文庫)を読んだときも、同じようにその自負心の強さにちょっと圧倒されたのを思い出した。

とはいえ、著者のずば抜けた知性ゆえか、翻訳が巧みなのか、読んでいて嫌みな感じは受けない。もちろん米国の金融政策にはいろいろと議論があるのだろう。あるいは、著者があえて触れていない本当の裏話があって、それを知ったらまた、違う印象をもつのかもしれない。けれども、本物のエリートの仕事ぶりに、素朴に感嘆したのも確かだ。嫌みを感じさせる余地もなく、実にクリア。まず明確な目標を設定し、絶えず部下を鼓舞し、自らも勤勉に働く。信じる「正義」に対し、一切の迷いはないのだ。中谷和男訳。(2008・5)

 ジョン・B・テイラー『テロマネーを封鎖せよ』  Economics Lovers Live

May 18, 2008

「おれは非情勤」

非常勤--冴えない響きだ。長くやる仕事じゃないな。

「おれは非情勤」東野圭吾著(集英社文庫)   ISBN:9784087475753 (4087475751)

「おれ」は非常勤の小学校教師。病欠の教師などのピンチヒッターとして、学校を渡り歩き、大小の事件に遭遇する。

重い小説を1冊読んだあと、ちょっと休憩のつもりで積読の山から発掘した薄い文庫。初出は「学習」。撤退も噂される懐かしい子供向け雑誌で、つまりはジュブナイルだ。言ってしまえば他愛ない連作を、思いがけず楽しんだ。

解説で細谷正充氏も書いているけれど、教育に情熱なんて持ち合わせない主人公のたたずまいが、なんともハードボイルドで小気味いい。事件に遭遇するたび、「ついてないな」と面倒くさそうに謎解きをして、最後に短く気の利いたセリフで人生を語ったりする。メインの連載は97年ごろだから、出世作「秘密」の刊行時期だろうか。子供向けでも光る、この職人技。東野作品はほとんど読んでいると思うが、まだこんな「発見」もある。(2008・5)

May 16, 2008

「悪人」

道の両側には本屋やパチンコ屋やファーストフードの大型店が並んでいる。どの店舗にも大きな駐車場があり、たくさん車は停まっているのに、なぜかその風景の中に人だけがいない。

「悪人」吉田修一著(朝日新聞社) ISBN:9784022502728 (402250272X)

福岡市と佐賀市を結ぶ263号線。2001年の年末、人気のない雪の峠道で、保険外交員の女性が命を絶たれた。被害者、加害者、容疑者、その家族、友人たち。果たしてだれが、悪人なのかーー。

ワイドショーであれば3日で「消費」してしまいそうな、平凡な殺人事件。その顛末を、複数の関係者の視点から丁寧にたどる。構成から「模倣犯」(宮部みゆき著)を思い出すという声もあるが、印象はずっとずっと地味ではないだろうか。登場人物が一様に幸薄くて、いじましいのだ。それなのに、目が離せない。

脇役に至るまで、人物像に違和感がないからだろうか。ああ、この人はこんなことをしてしまいそうだーー。「女たちは二度遊ぶ」(角川書店)を読んで、短編が上手な作家だと感じていたけれど、短編の印象そのままの隙の無さで、420ページをどんどん読めてしまう。

結末は、そういう「いかにも、してしまいそうなこと」が絡み合った先にある。決して驚くようなものではないし、すかっと割り切れもしない。でも、だからこそ、ページを閉じたとき、まるで登場人物の誰かと同じ景色を見ていたような、なんとも切ない感じが胸に残る。

例えば中盤で登場人物がふと思い浮かべる、地方都市の無個性でうらさびしい風景。開発の失敗とか、所得格差とか、そういうことではなく、そんな風景を思い出してしまう心の空白のようなもの。そして出会い系で知り合った顔も知らない相手に、思わずメールを送るのだ。「最近、だれとも話しとらん」ーー。地味でいじましいのに、不思議な量感のある物語。大佛次郎賞、毎日出版文化賞受賞。(2008・5) 

『悪人』_吉田修一  私はこんなものを読んでます。
悪人 吉田修一  リトル・バイ・リトル
「悪人」 読書物語335

May 11, 2008

「傭兵ピエール」

 ジャンヌはいいたいことをいってしまうと、ひとりで膨れ面をつくった。どう機嫌をとったものか。ピエールは途方に暮れて視線を下げた。
 --俺はいつも損な役だ。

「傭兵ピエール」佐藤賢一著(集英社文庫)   ISBN:9784087470154 (4087470156)   ISBN:9784087470161 (4087470164)

15世紀、フランス。百年戦争末期を舞台に、ジャンヌ・ダルクと傭兵ピエールが繰り広げる恋と冒険。

個人的なことだが先日、文楽鑑賞を初体験した。いろいろ感想はあるのだけれど、ひとつ改めて感じたことがある。それは、他愛ない嫉妬や恋のさや当て、それから「○○、実は○○」という登場人物の「正体明かし」は洋の東西と問わず、物語世界の普遍的な要素だということ。文楽、歌舞伎はもちろん、モーツアルトのオペラにも、シェイクスピアにも顔を出す。そして佐藤賢一という人は、まぎれもなく現代に生きながら、このいわば古典的な要素をきっちり構築できる、希有な作家だと思う。

「王妃の離婚」に続いて、佐藤作品を読むのはまだ2作目。下世話さがより濃厚で、文庫で上下巻を読み通すと少し胃もたれするくらいだ。こういう下世話さの印象は、男と女の造形に負うところが大きいと思う。つまり、ジャンヌはあくまでも正論ばかりを言い立てる、狭量で世間が見えていない愚かな女。一方のピエールは、仕事ができて部下に慕われているけれども、徹底的に女にだらしなく、暴力的で高潔さのかけらもない男。ピエールの視点から描かれる二人の対比は、なんとも俗っぽい。好き嫌いは分かれるだろうけど、これこそが古今東西、庶民の心をとらえてきた「物語のツボ」なのかもしれない。

しばし現実を忘れ、芝居小屋ならおひねりを投げたいようなクライマックス。読んでいる間はあまり意識しないけれど、時代や舞台の選び方もうまい。現代からかけ離れているが、全くピンとこないわけでもない感じの設定だ。 (2008・5)

「傭兵ピエール」佐藤賢一  日々是読書日記

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