「火怨」
「(略)敵はほとんどが無理に徴収された兵ばかりで志など持っておらぬ。我ら蝦夷とは違う。我らは皆、親や子や美しい山や空のために戦っている」
「山や空のために……」
猛比古は胸を衝かれた様子で繰り返した。
「火怨 北の燿星アテルイ 」高橋克彦著(講談社文庫)ISBN:9784062735285 (4062735288)、ISBN:9784062735292 (4062735296)
平安の昔、強大な朝廷に敢然と闘いを挑んだ陸奥(みちのく)の英雄、阿弖流為(アテルイ)がたどる熱い日々。
ブロガーお勧めの文庫上下巻を読んだ。岩手県出身の著者が描く、疾風怒濤の戦記もの。私は古代史の知識どころか東北の土地勘もほとんど無いので、慣れない地名や人名がたくさん登場したけれど、スピード感があってすいすい読めた。
阿弖流為たち蝦夷(えみし)は初め、朝廷から未開の人々と侮られている。しかし実は、したたかな知恵と勇気をもち、ひとたびまとまって立ち上がると、朝廷軍に対して何度も完璧な勝利をおさめる。数では圧倒的に劣るにもかかわらず、だ。知将、母礼(もれ)が繰り出す、地の利を生かした奇襲や籠城作戦。迫力の戦闘シーンと、見事に敵の裏をかく勝ちっぷりが、まず痛快だ。
知恵だけではない。作戦を貫徹するため、蝦夷たちは確かな技術と強い意志をもって兵を鍛え、武器をそろえ、砦を築いていく。その若きリーダー、阿弖流為の求心力を支えるのは誇りと仲間への信頼、つまりは「男気」だ。絵に描いたような人物造形が、わかりやすくていい。物語の中盤、こっそり敵地の都にもぐり込み、宿敵坂上田村麻呂と「男気対決」するあたりのワクワクは、デュマの「三銃士」を彷彿とさせる名調子だ。
しかし私たち読者は、歴史の中で阿弖流為の王国が築かれたことはないと、あらかじめ知ってしまっている。では、戦う意味は何なのか。長い闘いの後に、いったい何が残るのか。深い悲しみが、余韻を残す。吉川英治文学賞受賞。(2008・4)
「火怨 北の燿星アテルイ」上下 高橋克彦 Ciel Bleu
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