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March 15, 2008

「ペンギンの憂鬱」

こうなってくると、まるで自分の人生が真っ二つに分かれているみたいだ--半分は自分の知っている部分、もう半分は自分の人生なのに自分でも分からない部分。

「ペンギンの憂鬱」アンドレイ・クルコフ著(新潮クレストブックス)     ISBN:9784105900410 (4105900412)

ペットのペンギンと暮らしている、売れない短編作家のヴィクトル。生活のため追悼記事の予定稿を書く仕事を始めるが、書いた政治家やビジネスマンが次々亡くなり、なにやら陰謀めいたものに巻き込まれていく。

ウクライナのロシア語作家によるベストセラー。面白くて、どんどん読んだ。少年少女向けのような平易な文章で、ひょうひょうとしたヴィクトルの言動にはユーモアが漂う。しかし、油断してはいけない。食べて寝て、というささやかな日常にひたひたと、何とも言えない不安が満ち、やがて読者の胸がざわめいてくる。

舞台は1990年代、ソ連崩壊後のキエフ。私はウクライナについて実はほとんど知識が無いのだけれど、この小説で描かれる国情はかなりシビアだ。カネ(それもルーブルやドル混在)が無ければ医療サービスを受けることや葬儀もままならず、治安が悪くて、自衛のため住民が仕掛けた罠に泥棒がかかって命を落としても、住民たちはさほど驚かない。
背景には、社会構造と価値観の激変があるのだろう。社会的地位のある人物やマフィアが入り乱れ、秩序が揺らいでいる。実際、小説では登場人物がいつの間にかたくさん死んでしまうが、彼らはそういうことを、声高に嘆いたりしない。信じられるものはない、だから文句を言わず、なんとか生きのびるだけだ。

家でペンギンを飼っている、という設定が、ものすごく効果的。部屋をぺたぺた歩き回る光景は最初、なんとも突飛に感じるけれど、ペンギン自身は静かでおとなしく、おまけに不眠症という設定だ。物語の中盤、「氷上のピクニック」の場面で見せる生き生きとした様子との落差があまりに大きく、その家の中にいる姿はもの悲しい。なにしろ本当は、南極にいる動物なのだ。まさに、「いるべきではない場所にいる自分」だ。

ヴィクトルもペンギンに似ている。身に迫る、正体のわからない脅威に違和感を抱えているけれども、有効な対策は何もうてず、恋や友情に対しても常に受け身でいる。その「人生のどうにもならなさ」がリアルなだけに、ついに行動に出るラスト一行が、鮮やかだ。沼野恭子訳。(2008・3)

ペンギンの憂鬱   日々是好日
ペンギンの憂鬱  桜の書棚

March 11, 2008

「REVERSE リバース」

一度送ったメールは二度ともとにもどせなかった。メールは絶対にやり直しがきかないという意味で、人生そのものである。

「REVERSE リバース」石田衣良著(中央公論新社)       ISBN:9784120038600 (4120038602)

SNSの中で知り合い、妙に気があってメールをやりとりする千晶と秀紀。しかし仮想空間では千晶は男性として、逆に秀紀は女性として振る舞っていた。

サイトで連載していたラブコメディの単行本化。ラブコメって古い言葉だけれど、ぴったりだと思う。主人公二人はファッション界の仕事に打ち込む勝ち気な女性と、ベンチャーでサイトをデザインし、時代の波に乗っているとはいえ「オタク」な男性。互いにさほど深い意図はなかった、現実と仮想世界との男女の逆転が、ちょっとした恋の騒動を巻き起こす。

結局、人として惹かれあうとはどういうことなのか。リアルな恋愛から遠ざかりがちな現代人の日常を、軽やかに描いていて読みやすい。ピンクと緑の装丁が鮮やか。(2008・3)

March 05, 2008

「私の男」

みんなの前で情けなさをさらす、わたしのたったひとりの親族。そのひとりきりの退廃に、こっそり、みとれた。私の男は、やっぱり、だらしなくてもうつくしかった。

「私の男」桜庭一樹著(文藝春秋)  ISBN:9784163264301 (4163264302)

父、淳悟と娘、花。その15年にわたる禁断の愛、そして罪の軌跡。

話題作をようやく読んだ。修飾語をたっぷり散りばめて、社会から隔絶されたような父娘の閉じた退廃の世界を、濃密に描く。深く結びついているけれど、二人をそうさせているのは、それぞれが抱える過去。最も愛されたい人に拒絶されたという過去なのだ。求めても埋まることはない、喪失感。その徹底した「行き場の無さ」が、まず印象的だ。

多くのブロガーも指摘しているように、「作り話」が上手だなあ、と思う。主人公の、腐野(くさりの)という不思議な名字。癖のある人物像。語り手を変えながら、章ごとに二人の歴史を遡って事件の背景を明かしていく、吸引力のある構成。そして運命の節目には、暗示的なイメージが繰り返される。例えば震災の街に立ち上る煙と、凍てつく海にたなびく冬の霧「けあらし」。あるいは花の「罪」を運ぶ船の冷蔵室と、二人の出発点となる保冷車…。目を離せない書き手であることは間違いない。第138回直木賞受賞。(2008・2)

「私の男」桜庭一樹  ナナメモ
私の男  桜庭一樹  今更なんですが本の話
『私の男』 桜庭一樹 文藝春秋  でこぽんの読書通信

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