「本泥棒」
リーゼルは最初の棚に沿って手の甲を走らせ、それぞれの本の背表紙に爪があたるときの音に耳を傾けた。楽器のような、あるいは走っている足音のような音がした。今度は両手を使ってみた。両手を走らせた。ひとつの棚ともうひとつの棚に。それからリーゼルは声を出して笑った。
「本泥棒」マークース・ズーサック著(早川書房) ISBN:9784152088352 (4152088354)
ナチス政権下のミュンヘン郊外。貧しい里親に預けられた少女、リーゼルは小さな本泥棒だったーー。
ブロガー絶賛の小説を読んだ。この物語は、お風呂で読むには向かない。680ページものボリュームのせいではない。一つひとつの章が短くてテンポが良く、なにより面白くて、つい長風呂になってしまうのだ。
著者は75年生まれと、意外に若いオーストラリア人。物語のベースには、独裁政権当時の史実や、著者がドイツとオーストリア出身の両親から聞いたという戦時下の悲劇がある。しかし、戦争の悲惨さ、人類の愚かさを声高に訴える印象はない。
むしろ、リーゼルが本を盗み出すときのどきどきする感じや、やんちゃな親友ルディとのほのかな恋が、爽やかに胸に染みる。そして、心優しいアコーディオン弾きの養父、たんすみたいな体型の、口の悪くて料理が下手な養母、打ちのめされてもリングに立ち続けるユダヤ青年らとリーゼルとの、たどたどしいけれど深い交流。
どうしてこんな名場面を思いつくのだろうと唸るような、みずみずしいエピソードがたくさん出てくる。閉塞した地下室で、リーゼルが生き生きと独創的な言葉で外の天気を語る場面。それから町長夫人の書斎で、棚いっぱいの本に出会って、ただその存在に喜びがこみ上げる場面…。
青年は、「わが闘争」のページを白く塗って、その上にほんものの自分の闘争について書き綴る。泣けた。言葉は、人をどうしようもなく誤らせることもあるけれど、人を支えることもあるのだ。ちっぽけで、ぼろぼろになっていても、決して折れない人の尊厳を。入江真佐子訳。(2008・2)
「本泥棒」マークース・ズーサック/入江真佐子訳 本を読む女。改訂版
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トラックバックありがとうございました。『わが闘争』の上から自分の物語を書き付けるユダヤ人の青年って、それも本当にすごい発想ですよね。他の方のレビューを読んでいると、まだまだ自分が書き残したことがあるなあと思い知らされます。もう一回読んで、もう一度全く違うレビューが書けそうな気がしてきます。そのくらい色々なものが詰まった小説。
Posted by: クレズマー | March 07, 2008 08:34 AM