「その数学が戦略を決める」
熟したブドウは柔らかい味の(酸味の少ない)ワインを作る。濃いブドウはフルボディのワインを作る。
オーリーは無謀にもこの理論を方程式にまでしてしまった。
ワインの質=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成期平均気温-0.00386×収穫期降雨
「その数学が戦略を決める」イアン・エアーズ著(文藝春秋) ISBN:9784163697703 (4163697705)
兆単位(テラバイト)のデータ集積と、データ同士の意外な相関関係を割り出す「絶対計算」が、「専門家」たちの経験と直感を凌駕。意志決定の新たな地平を描く。
エール大で経済と法律両方を研究する著者が、数多くの事例と研究者たちの横顔を通じて説く「絶対計算」の有効性。例えば航空券の「買いごろ」を教えてくれるサイトが紹介されている。大量の価格データと、燃料価格や気候やフットボールの優勝チームといった因子から値動きを予測。すぐに買うべきか、もう少し待ったら投げ売りされそうか…。さらに、それぞれの予測にどれくらい自信があるかも示して、予想が外れた場合に備えて「保険」まで売っている、というから本当にすごい。
ネット時代の大規模なデータマイニング、無作為抽出が、一見関係なさそうな要因同士の相関(因果ではない)を見つける「回帰分析」やニューラルネットワークに力を与えた。私が読んだ本でいうと、「ヤバい経済学」と「プロファイリング・ビジネス」のその先、という感じ。例の、試合データの不自然さだけから八百長がわかってしまう、とか、クレジットカードの使い方から離婚の可能性が予想できる、とかいう、あれだ。
ひょっとしたら、あなた自身が気づいていない「あなたのしそうなこと」さえ言い当てる。その威力を知るのは、読んでいてかなりエキサイティング。絶対計算を駆使すれば、情緒に流されず、失業対策などでもちゃんと効果がありそうな政策に税金を投じることができるというわけだ。回帰分析については「希望学」(玄田有史編著、中公新書ラクレ)で解説していたのを思い出した。
ただ、この本が少し恐ろしく思えてくるのは、医療や裁判への応用も、もはや止めようのない流れだ、といったあたりから。
医師がきちんと手を洗うことの効果をデータで立証でき、それで患者が助かるのなら、もちろんデータを活用すべきだろう。でも、データから再犯のリスクをはじいて、何の裁量の余地もなく犯罪者の扱いを決める、というアイデアにはどうしても抵抗を覚えてしまう。それは、かけがえのない「個」の命や生活の質や人生の可能性の判断を、統計と確率にゆだねることへの素朴な違和感だ。そういう「情緒的」な受け止め方こそを、著者は排除したいのだろうけれど。
終盤では著者もデータの限界を視野に入れ、経験や直感との補い合いに言及している。確かにデータを知らないよりは、知っている方が断然いい。問題は、そこから何について読み取り、どんなことを決めるか。実に頭を刺激される一冊。章ごとに挟んだ箇条書きのまとめが、「細切れ読書派」には便利だ。おなじみ山形浩生訳。(2008・1)
面白くて、恐ろしい「その数学が戦略を決める」 わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
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