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December 22, 2007

「中原の虹」

 あんたみたいに立派な貧乏人は、どこを探したっていやしない。強いわけさ。世の中の金持ちが束になってかかってきたって、こんな立派な貧乏人にかなうわけないだろ。
 あたしはもう、あんたを憐れまない。だからあんたも、あたしを憐れまないで。

「中原の虹」浅田次郎著(講談社)  ISBN:9784069367359 (4069367357)

「わが勲は民の平安」ーー。中原を目指す馬賊の頭目、張作霖と、辛亥革命前後の動乱の中国。

「蒼穹の昴」に続く大河小説、箱入り全4巻セットを怒濤の一気読み。趙爾巽の「清史稿」執筆過程とからめて、張作霖の物語の間に清王朝の祖の物語を挟み込み、合わせ鏡のように両者を描いていく。いずれも凍てつく北の大地、満州から闘いを挑み、はるか長城を越えて歴史を動かす英雄だ。まずそのスケールの大きさ、活劇の躍動感に圧倒される。

中盤でついに清王朝が倒れ、魅力的な「悪女」西太后の命運も尽きる。新王朝時代の絢爛豪華な故宮が舞台のうちは、ロマンチックな気分で読み進められるが、革命後は物語が一気に現代に引き寄せられる。そこには日本人も深く関わっているから、読みながらやや息苦しくなる感じは否めない。題材となっている史実にも立場によって、いろいろな解釈が成り立つのだろうと思う。

とはいえ、それはさておき、と思って楽しめるのが小説の醍醐味。前作から引き続いて、複雑に絡み合う人物一人ひとりの造形が見事だ。後半、西太后に代わって物語を引っ張る役者は袁世凱。ふてぶてしいまでの強運と、俗物ぶりが何ともいえないユーモアを醸し出す。本人には時代を背負う悲壮な覚悟はみじんもないのに、やっぱり列強に国が切り刻まれるのを座視できず、体を張ってしまう。

いくつかある物語の山場、まさに歴史的瞬間に多用される、登場人物の長いモノローグも効果的だ。例えば隠棲先から期せずして表舞台に舞い戻る袁世凱を、皮肉な思いを噛みしめつつ徐世昌が出迎えるシーン。駅頭の歓声がバックグラウンドに後退し、徐世昌の独白に合わせてスローモーションになる映像が鮮やかに目に浮かぶ。盛り上がるなー。

運命に翻弄されつつ、前に進むしかない人間のちっぽけさ、はかなさ。そして決して聖人ではない登場人物たちが、内に秘めている不屈の精神、強い心。歴史は常に皮肉だけれど、皇帝から馬賊の女房までが等しくもつ、それぞれの「気概」が読む者の胸を高鳴らせる。物語は、まだまだ続きそうだ。吉川英治文学賞受賞。(2007・12)

 中原の虹 第四巻    読み人の言の葉

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