「中原の虹」
あんたみたいに立派な貧乏人は、どこを探したっていやしない。強いわけさ。世の中の金持ちが束になってかかってきたって、こんな立派な貧乏人にかなうわけないだろ。
あたしはもう、あんたを憐れまない。だからあんたも、あたしを憐れまないで。
「中原の虹」浅田次郎著(講談社) ISBN:9784069367359 (4069367357)
「わが勲は民の平安」ーー。中原を目指す馬賊の頭目、張作霖と、辛亥革命前後の動乱の中国。
「蒼穹の昴」に続く大河小説、箱入り全4巻セットを怒濤の一気読み。趙爾巽の「清史稿」執筆過程とからめて、張作霖の物語の間に清王朝の祖の物語を挟み込み、合わせ鏡のように両者を描いていく。いずれも凍てつく北の大地、満州から闘いを挑み、はるか長城を越えて歴史を動かす英雄だ。まずそのスケールの大きさ、活劇の躍動感に圧倒される。
中盤でついに清王朝が倒れ、魅力的な「悪女」西太后の命運も尽きる。新王朝時代の絢爛豪華な故宮が舞台のうちは、ロマンチックな気分で読み進められるが、革命後は物語が一気に現代に引き寄せられる。そこには日本人も深く関わっているから、読みながらやや息苦しくなる感じは否めない。題材となっている史実にも立場によって、いろいろな解釈が成り立つのだろうと思う。
とはいえ、それはさておき、と思って楽しめるのが小説の醍醐味。前作から引き続いて、複雑に絡み合う人物一人ひとりの造形が見事だ。後半、西太后に代わって物語を引っ張る役者は袁世凱。ふてぶてしいまでの強運と、俗物ぶりが何ともいえないユーモアを醸し出す。本人には時代を背負う悲壮な覚悟はみじんもないのに、やっぱり列強に国が切り刻まれるのを座視できず、体を張ってしまう。
いくつかある物語の山場、まさに歴史的瞬間に多用される、登場人物の長いモノローグも効果的だ。例えば隠棲先から期せずして表舞台に舞い戻る袁世凱を、皮肉な思いを噛みしめつつ徐世昌が出迎えるシーン。駅頭の歓声がバックグラウンドに後退し、徐世昌の独白に合わせてスローモーションになる映像が鮮やかに目に浮かぶ。盛り上がるなー。
運命に翻弄されつつ、前に進むしかない人間のちっぽけさ、はかなさ。そして決して聖人ではない登場人物たちが、内に秘めている不屈の精神、強い心。歴史は常に皮肉だけれど、皇帝から馬賊の女房までが等しくもつ、それぞれの「気概」が読む者の胸を高鳴らせる。物語は、まだまだ続きそうだ。吉川英治文学賞受賞。(2007・12)
中原の虹 第四巻 読み人の言の葉
TrackBack
Listed below are links to weblogs that reference 「中原の虹」:
» 憑神 [本ナビ!by Tamecom,「中原の虹」]
人気作家、浅田次郎のユーモア時代小説を映画化。出世を願う下級武士の思いが逆になり…。
時は幕末。別所彦四郎(妻夫木聡)は、毎日暇をもてあます御家人。お稲荷さまに出世を祈願したはずが、逆に貧乏神(西田敏行)が出てきてしまい…。疫病神、死神にも取りつかれた彦四郎の運命は。監督は「鉄道員(ぽっぽや)」の降旗康男。
本編1時間47分+映像特典。発売元東映ビデオ。3990円=通常版。
... [Read More]
Comments