「プロファイリング・ビジネス」
わたしたちが電子的にビジネスをすればするほど、町から町へと転々とすればするほど、仕事を変えれば変えるほど、知り合いが少なくなればなるほど、わたしたちの人生のなかからは、過去のような人間同士の絆は薄れていった。
そして今では、「わたしたちというもの」、わたしたちのアイデンティティを形づくるのは、数千台のコンピュータにちりばめられた「データエレメント」という情報単位に過ぎなくなっている。
「プロファイリング・ビジネス」ロバート・オハロー著(日経BP社) ISBN:9784822244651 (4822244652)
ワシントン・ポスト紙記者が、丹念な取材で描き出す「個人情報産業」の興隆と、監視社会の現実。
数十年ぶりに小学校の同窓会を開こうとすれば、現在の連絡先がわからない人がクラスに何人かはいる。進学した中学、高校に問い合わせても、手がかりを教えてはくれない。個人情報保護を励行しているからだ。ところが、ふと思いついてネットの検索窓に彼(彼女)の名前を入力し、それらしい人の勤め先が載っていたのでオフィスに電話したら、見事に本人に行き当たったりする。
このノンフィクションには、顔認識やICタグなど、ドラマ「24」ばりのハイテク話もたくさん登場する。しかし主役である「個人情報」の大半は、住所や氏名といった、ごくありふれたものだ。私たちは意図しないとはいえ、そうした情報を自分で「電子の海」にばらまいている。カードを使って買い物し、ケータイで自動改札を通り、ネットに日記を書く。
大量の「痕跡」は、マーケティングを担う企業の手で収集され、売り買いされ、分析される。プロの技をもってすれば、個々人の行動を追跡したり、変則的なふるまいを感知するだけでなく、やがては休暇をとる時期やら結婚が近いことやらの「予測」さえ、可能になるかもしれない。そうやって民間企業が得た情報を、安全と防衛のために政府がまるごと吸い上げるーー。
これが便利さと引き替えに、私たちが選んだライフスタイルなのだと、著者は静かに語りかける。出版は05年。今、事態はもっと、進展しているのだろうか。
情報産業のなかで、どちらかといえば地味に思える「プロファイリングベンチャー」の知られざる成功物語や、意外な政府とのつながり、特に9・11後の大きな変化を、語り部たちの横顔を交えながら生き生きとたどる。事実の厚みと、大変知的で感情に流されない筆致が誠実。カタカナを抑えた翻訳も読みやすい。(2007・10)
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