« September 2007 | Main | November 2007 »

October 29, 2007

「ししゃも」

自分はこの町の色に染まっていくのではない。この町とともに、色を変えていくのだ。

「ししゃも」仙川環著(祥伝社) ISBN:9784396632854 (4396632851)

リストラで一流商社を辞めた恭子が、やむなく戻った北国の故郷で出合う「虹色のししゃも」。この珍しい魚を巡って、町おこしの一大騒動が始まる。

医療ミステリーのイメージがあるこの作家としては、異色の題材。失踪事件と、その謎解きはあるものの、ストーリーの中心はミステリーというより、さびれた地方都市の人模様だ。挫折を挽回しようとする主人公の、やや身勝手な町おこしへの情熱が、平凡な住民たちの心をかき乱す。小さなセットで展開する、昼の帯ドラマのような味わいだ。

虚勢や反発、あつれき。ささやかで平凡だけれど、人間関係のひだが細やか。(2007・9)

October 13, 2007

「いよよ華やぐ」

人はいつか死ぬ日のために生きるのであり、すべてのこの世の経験は、いつかそれを忘れる日のためにあるのかもしれない。

 阿沙はいつもの朝の甲斐々々しい気持ちになり、買い物袋とハンドバッグをひきよせ、部屋の扉を押した。
 鍵をかける時、まさかの時の用意に合い鍵を渡している薫のことを想った。珠子に聞いた宗二郎のことも気がかりだったが、それは後で考えようと、魚市場へ向ってさっさと歩きだした。

「いよよ華やぐ」瀬戸内寂聴著(新潮文庫)   ISBN:9784101144320 (410114432X) ISBN:9784101144337 (4101144338)

阿沙の波乱の人生と、九十歳を越えてなお、小料理屋のおかみ、そして俳人として生きる充実した日常。

寂聴作品をちゃんと読んだのは、実は初めて。ひと言で言うと「整理されていない」ゆえの魅力を味わった。それは時折目に触れるエッセイなどで、感じていたことなのだけれど。
阿沙の二度の結婚と、激しく長い不倫の恋を軸にしつつ、阿沙の娘や友人である八十代、七十代の女性らの様々な恋のかたちや、人生模様を描いていく。主語がどんどん入れ替わり、気まぐれにも思えるほどだ。そんな、自在な筆致に引き込まれた。

女たちはそれぞれに、愛に盲目となって周囲をひどく傷つけたり、別れた後になって取り返しのつかない思いにとらわれたりする。そういう情念やら、泥沼やらを胸に秘めているけれど、現在の暮らしはあくまで現実的で、その落差が印象的。自分に与えられた小さな城を守って、体が動く限り働いていく。役割を果たし、化粧を怠らず、着物や宝飾品を愛して銀座でスペイン料理を堪能する。あきれるほどの闊達さが、爽快に感じられてならない。

一つ一つのエピソードに必要以上に拘泥しない筋運びのせいなのか、長編だが、最後まで軽やか。ときおり阿沙のモデルである鈴木真砂女の句が織り込まれているが、その句が放つ天衣無縫なひらめきと、小説全体とが響きあう。彼女たちの恋や長寿は、常人である読者にはもちろん真似できるものではないけれど、読んでいるうちに誰にも覚えがある「間違いの多い人生」というものを、肯定する気分になる。(2007・10)

「黒い陽炎」

「『県議会百条委員会が証言を必要とするのなら、行ってありのままを証言しなさい』と町長が送り出してくれた。いかん事はいかん、証言に立ったのはその思いだけです」
 取材班に対し、幹部職員はそう振り返った。が、プレッシャーたるや相当なものだったに違いない。

「黒い陽炎」高知新聞編集局取材班著(高知新聞社) ISBN:9784875033219 (4875033214)

「ミスター県庁」と呼ばれた実力副知事らが、12億円もの背任容疑で起訴された高知県庁の闇融資事件(07年8月に実刑確定)の記録。平成13年度新聞協会賞受賞した平成12年3月からおよそ1年半にわたる報道をまとめた。

だいぶ前に知人に聞いて、気になっていたノンフィクションを読む。スクープをきっかけにしているが、衝撃の事実をえぐり出したといった気負いは感じられない。議会の追及、県警の捜査、そして公判。むしろ淡々と経緯を記していく。
実際のところ、この事件には、県知事を除けば著名人が登場するわけでもなく、複雑怪奇な悪事の仕掛けが繰り広げられるわけでもない。県民でない読者からみれば、確かに被害の巨額さなどで常軌を逸してはいるが、どこか「ありふれた」感じさえしてしまう。

だからこそ、怖いのだと思う。「今までもそうしてきたから」「前例を逸脱すると、ややこしいことになるから」…。きっかけはそういう、ありがちな思考回路、行動パターンなのだ。様々な地域、組織で、日常と隣り合わせのところに罠は潜んでいるのだろう。(2007・9)


« September 2007 | Main | November 2007 »