「真夜中の五分前」
「そんな予感はしていたんだがね」とオーナーは僕を横目でちらりと見てから言った。「どうやら私は君が嫌いだ」
「その点は同感ですね」と僕は笑った。「僕も僕が嫌いです」
「好きな自分になってみようという気は? そういうことに時間を費やすことが、正しい人生の過ごし方だと思うんだけどね」
突き放すように投げられたその提案について僕はしばらく考え、首を振った。
「わからないですね。そんなこと、考えたこともなかった。僕は自分が自分である、ただそれだけで自分が嫌いでしたから」
「真夜中の五分前」本多孝好著(新潮文庫) ISBN:9784101322513 (4101322511) ISBN:9784101322520 (410132252X)
死んだ恋人が好んだ、五分遅れの目覚ましを今も使っている。そんな「僕」の前にある日、一卵性双生児の片割れ、かすみが運命的に現れる。
広告代理店勤務で仕事ができて、でも成功に執着はなく、休日は暇を持て余してプールで泳ぐ。都会的なライフスタイルと、洒落た会話が散りばめられた恋愛小説。
でも、テーマは恋愛そのものというより、「自分」なのだろう。登場人物それぞれが、どうやって自分を見つけ、自分を好きになるか、そもそも好きになる必要があるのか、を手探りしている。舞台設定の、ちょっと鼻につく洒落た感じとは違って、案外不器用で素朴な物語だ。
「sideA」「B」と名付けて、わざわざ200ページずつぐらいの薄い二分冊になっている。ネタばれで申し訳ないが、この「sideB」に移る間に時間が経過し、主人公を取り巻く状況が大きく変わっている、という設定だ。
テレビドラマやなにかで、ラスト近くにいきなり「1年後ーー」と時が流れ、様々な問題がすっかり解決していたりすると、よく興ざめな気分になる。けれど、この小説の場合は「サイド転換」が効果的だ。読者は事態が変わる過程に全くつきあわないので、その間に当然起こるであろうゴタゴタにとらわれずに済む。だから「自分」というテーマが、くっきりと浮かび上がっている。(2007・9)
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