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September 30, 2007

「真夜中の五分前」

「そんな予感はしていたんだがね」とオーナーは僕を横目でちらりと見てから言った。「どうやら私は君が嫌いだ」
「その点は同感ですね」と僕は笑った。「僕も僕が嫌いです」
「好きな自分になってみようという気は? そういうことに時間を費やすことが、正しい人生の過ごし方だと思うんだけどね」
 突き放すように投げられたその提案について僕はしばらく考え、首を振った。
「わからないですね。そんなこと、考えたこともなかった。僕は自分が自分である、ただそれだけで自分が嫌いでしたから」

「真夜中の五分前」本多孝好著(新潮文庫)  ISBN:9784101322513 (4101322511) ISBN:9784101322520 (410132252X)

死んだ恋人が好んだ、五分遅れの目覚ましを今も使っている。そんな「僕」の前にある日、一卵性双生児の片割れ、かすみが運命的に現れる。

広告代理店勤務で仕事ができて、でも成功に執着はなく、休日は暇を持て余してプールで泳ぐ。都会的なライフスタイルと、洒落た会話が散りばめられた恋愛小説。
でも、テーマは恋愛そのものというより、「自分」なのだろう。登場人物それぞれが、どうやって自分を見つけ、自分を好きになるか、そもそも好きになる必要があるのか、を手探りしている。舞台設定の、ちょっと鼻につく洒落た感じとは違って、案外不器用で素朴な物語だ。

「sideA」「B」と名付けて、わざわざ200ページずつぐらいの薄い二分冊になっている。ネタばれで申し訳ないが、この「sideB」に移る間に時間が経過し、主人公を取り巻く状況が大きく変わっている、という設定だ。
テレビドラマやなにかで、ラスト近くにいきなり「1年後ーー」と時が流れ、様々な問題がすっかり解決していたりすると、よく興ざめな気分になる。けれど、この小説の場合は「サイド転換」が効果的だ。読者は事態が変わる過程に全くつきあわないので、その間に当然起こるであろうゴタゴタにとらわれずに済む。だから「自分」というテーマが、くっきりと浮かび上がっている。(2007・9)

September 15, 2007

「反転」

いま振り返ると考えられないが、あのころは一万円が百円のような感覚でしかなかった。
 いちど東京へ向かう新幹線のなかで、一〇〇〇万円の現金を入れたバッグを盗まれたことがある。しかし、さほど惜しくはなかった。

「反転」田中森一著(幻冬舎)  ISBN:9784344013438 (4344013433)

「闇社会の守護神」と呼ばれた弁護士が告白する、激動の半生。

〇七年前半を代表する話題本を読む。貧しい漁村からバブルの頂点へ。「正義の味方」の特捜検事から、悪名高い山口組組長や仕手筋に味方する弁護士へ。著者のたどってきた道は、良くも悪くも、あまりに落差が大きい。その落差が、何らかの平衡感覚を失わせたのだろうか。

著者はついに、古巣の検察に指弾される身の上となった。自らの行動の背景として、検察という官僚組織への失望や、裏社会の住人たちへの同情を語る。決して共感はできないし、もちろん真実をすべて語っているわけではなかろうが、数多くの経済事件に関わった当事者としての証言録はやはり、貴重なものだろう。「バブル紳士」や政治家、官僚が次々と実名で登場。その欲にからめとられたふるまいは、驚くべきものだ。(2007・9)

「反転 闇社会の守護神と呼ばれて/田中森一」 読書@生活

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September 14, 2007

「蒼穹の昴」

それでも、わしは信じたいのじゃよ。この世の中には本当に、日月星辰を動かすことのできる人間のいることを。自らの運命を自らの手で拓き、あらゆる艱難に打ち克ち、風雪によく耐え、天意なくして幸福を掴みとる者のいることをな

「蒼穹の昴」1~4 浅田次郎著(講談社文庫) ISBN:9784062748919 (4062748916)、9784062748926 (4062748924)、9784062748933 (4062748932)、9784062748940 (4062748940)

清朝末期、維新派官僚の梁文秀と、極貧から身を起こした宦官、李春雲の激動の人生。

ブロガー絶賛の歴史ロマン。今年は個人的に、「中国」が読書テーマの一つでもあり、真夏の紫禁城などを思い浮かべながら夢中になって読み切った。
導入部分は、「科挙」と「宦官」というこの国独特の制度の過酷さに、いささか辟易とする。しかし、その「過剰さ」があるからこそ、運命が激しく動き出してからの登場人物の行動が切実に感じられるのだろう。

改革の志に燃える若者たち、真意を語らず希代の悪役を引き受ける西太后、老練の軍人、戊戌政変を見つめる外国人記者ーー。歴史上の人物を緻密に組み合わせ、伏線を張りめぐらす見事な群像劇。なかでも最大の登場人物は、やはり崩壊を目前にした「清国」そのものだろう。四億の民を抱え、歴史と現実の重みにすさまじい断末魔の叫びをあげながら、ゆっくりと崩れ落ちる。大国の咆哮の前に、個々の人間はあまりに無力だ。

それでも人は、もがくのだ。何が「天命」なのかなんてわからない。圧倒的な虚しさにとらわれながらも、運命を拓こうとする姿が感動を呼ぶ。そうして、梁啓超という一人の人間の思想が、毛沢東へと響いていく。

それにしても、どうしてこうも人物造形が魅力的なのか。例えば終盤、怒濤の革命劇の中でひとり呑気な貴族の載沢。ひょうひょうとして、危機感の薄いお坊ちゃまのお人好しにみえながら、実はすべてを飲み込み、歴史の裏側で重要な役割を果たす。そんな懐の深さが、中国という存在、そして長編を飽きさせないこの小説の誘引力だろう。(2007・8)

 今年NO.1    読書感想文的書評
浅田次郎 「蒼穹の昴」  さまよえるオランダ人…私

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