「作家の値段」
古本屋はその学問を、文章ではなく本の売価で表現するのである。ちなみに『裸体と衣裳』は、「帯付きの古書価が極端に上がった本」の例に挙げられている。帯が無くカバーのみの初版本は、一万五千円で、カバー帯共に備わった初版は、十五万円である。帯一本で、これだけ値段が違うのである。
「作家の値段」出久根達郎著(講談社) ISBN:9784062140591 (4062140594)
古書店主でもある作家の「実益作家論」。司馬遼太郎、三島由紀夫から梶井基次郎まで。近代文学に詳しい古書店主、大場啓志氏とのやりとりで、意外な稀覯本や古書価を明かしていく。
もちろん単なるカタログ本ではない。古書の価格が決まるには、それだけの理由がある。出版時の事情、どれくらい売れてどういう読まれ方をしたか、そして今、どれくらい需要があるか。古書価というものを入り口にして、作家をめぐる蘊蓄やその文学の魅力を縦横に語る。
例えば樋口一葉の『通俗書簡文』を紹介したくだり。明治を代表する女流作家も、生前は恵まれず、亡くなる前に出版された唯一の著書が手紙の文例を集めた実用書というのが、まず興味深い。猫の子をもらうとか、滅多にないような設定で、「どうぞ下さりませ。必ず必ず大事がり、夜も布団に寝かし…」と、なんとも名文がつづられて、立派に小説になっているのだ。
この本は古書価としてはカバー付き、普通の保存状態で十万から十二万円というから、さほど高くはない。著書は安いが、本人が残した手紙は高くて、何百万円もするという。皮肉なものだと、著者は天才の運命に思いをはせる。
手練れの軽妙な語り口のなかに、文学と本そのものに対する深い愛情がみなぎっている。(2007・8)
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