「星新一 一〇〇一話をつくった人」
昭和二十二年生まれで当時まだ中学生だった荒俣は、この雑誌に漂う不良文化人たちの雰囲気にあこがれ、いつかこんな文章を書いてみたいと文体や言葉遣いを真似した。
「星さんはある種の、芥川龍之介なんですよ。芥川の場合は中国の古典を取り入れましたけど、星さんの場合はアメリカ文化のフレンドリーさとスノビズムを導入した。僕が読み始めたころの星新一はもう、才気突っ走るという感じでピカピカ輝いていた。なんといっても言葉遣いが新しいでしょう。誰でも書けそうだと思って真似して挑戦してみるけど、何本も書けないことはすぐにわかるんだよね。(略)」
「星新一 一〇〇一話をつくった人」最相葉月著(新潮社) ISBN:9784104598021 (410459802X)
5年の歳月を費やし、130人以上へのインタビューで綴る異色作家の大作評伝。
星新一といえば小学生の高学年のころ、新潮文庫で夢中になって、作文を書くときちょっとフレーズを真似したりした。中学にあがると自然に読まなくなってしまったけれど、社会の行方、文明への鋭い視点が印象に残っていて、時々ふっと、断片を思い出す不思議な存在だ。
ショートショート1000作以上、文庫発行部数3000万部以上という実績に、まず圧倒される。評伝の中で大きな核となっている、日本SF黎明期の熱気が、高度成長へと駆け上る時代の記憶と響きあって興味深い。今でいえば「おたく」カルチャーの沸騰なのだろうか。小松左京と並んで、このジャンルを切り開いた星新一の新規性は、格好よくて爽快だ。
しかしSFであり、しかも見た目が軽いショートショート主体という独特の作風ゆえに、やがて世間は星に対して、一定のイメージを貼り付けてしまう。いわく、読者はあくまで子供であり、長じるに連れて「卒業」する作家である、と。そんな評価に煩悶しつつ、それでも身を削るようにして膨大なショートショートを書き継いでいった心のうちとは、どんなものだったのか。
父は製薬会社オーナーとして、また代議士として豪快に波乱の人生を送った人物。その存在はあまりに大きかった。御曹司の星は、若くして父の「負の遺産」を背負ってしまい、人間不信と孤独に苦しむことになる。そういう辛い体験をしつつも、物見高い性格や、何事も冷静に観察し、分析する態度は衰えなかった。特に終戦当日という歴史的な日に、宮城前に足を運ぶシーンが印象的。星を形作るこうした要素のどれ一つが欠けても、空前絶後の短編作家は誕生しなかっただろう。
冷静に事実をたどっていく人物ノンフィクションだが、それでもラスト近くになって、著者の思いがほとばしる。多くの読者が、かつての「星体験」と重ねて読むことだろう。550ページ超という重量が気にならない面白さだ。講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞。(2007・7)
「星新一 1001話をつくった人」 「差不多」的オジ生活
星新一 一〇〇一話をつくった人 darjeeling and book
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