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July 01, 2007

「騎乗」

彼は優れた体力、知力で輝いている。自分の父ではあるが、私は彼のヴァイタリティによって力を与えられ、圧倒されている。
 ある意味では、心から彼を愛していた。
 ある意味では、父と同等の知力、精神力を身につけることは不可能だ、と思っていた。その必要がないことに気付くまで、何年もかかった。

「騎乗」ディック・フランシス著(ハヤカワ文庫) ISBN:9784150707378

17歳の障害騎手ベンはある日突然、厩舎を解雇される。待っていたのは否応なく、父ジョージの下院議員選を手伝う日々だった。

学生時代から読み続けている名作、競馬シリーズの36作目。おなじみ菊池光訳。久々に手にとったが、独特のどこかもったいぶった言い回しがとても心地よく、にこにこしながら読み進めた。

いつもの競馬界に加えて、今回は政界が主要な舞台になっている。選挙をめぐる中傷や暗殺工作。サスペンスのスピード感を維持しつつ、全編を通してこのシリーズで不変のテーマを静かに、しかし力強くうたい上げる。そのテーマとは人生の目標に確信を持ち、そのために努力を惜しまないということ、誠実、正義感、勇気、そして乾いたユーモアの大切さ。いわば理想の人格の物語。30作以上を重ねても揺るがない、まっすぐさが心地よい。

特に本作では十代の少年の精神的成長と、偉大な父との不器用だけれど温かい交流が、爽快な読後感につながっている。いくつになっても、こういう瑞々しさを失わない感性こそが、フランシスの魅力なのかもしれない。これまで読んだシリーズの感想も、随分時間がかかりそうだが、ぼちぼち書いていきたい。(2007・6)

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