「小説秦の始皇帝」
窮しているときは、平然と下手に出て相手の機嫌をとりむすぶが、志を得て成功すれば、人を軽んじ食い物にしてはばからないだろう。私は無位無冠だが、彼は私に会うとき、へりくだって応対する。
秦王が天下を取れば、天下の人々はすべて彼の虜になってしまうだろう。ともに久しくつきあえば危険な男だ
「小説秦の始皇帝」津本陽著(角川春樹事務所) ISBN:9784894569812 (4894569817)
生い立ちから数奇な運命を背負い、苛烈な闘いの連続で統一中国を打ち立てた始皇帝の生涯。
満載の逸話は、読む人が読めば教養の範疇に入るのだろうが、不勉強なので一つ一つ圧倒されながら読んだ。よく「白髪三千丈」というけれど、とにかく話のスケールが大きく、それがどれもこれも当たり前のように、淡々と綴られる。戦闘シーンなどでさらりと「四十万人を生き埋め」とか。導入部分の親子の愛憎も、どろどろした内容なのに修飾語を多用しない。
むしろ行数を割いているのは、臣下が王を説得する術だ。始皇帝は鋭い眼力で有能な人物を見出して登用し、すぐれた法治国家、中央集権国家を築き上げた。しかし上に立つ者は、えてして冷酷。仕える側からすると、支配者に疎まれず長く生きのびるのは至難の業だ。そこに様々な歴史の悲劇も生まれる。
著者はそうした英雄の残虐や不徳を、さほど価値観を差し挟まず記していく。だからこそ統一の大事業を成し遂げた晩年、周囲に意見する人物もいなくなり、怪しげな「方子」の話に振り回されたり、自画自賛の碑をたてまくったりする愚かさが痛ましい。そして皇帝の死後、帝国はあっけないほど早期に瓦解の道をたどる。(2007・8)
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