「東京夜話」
真夜中の仲見世を、先生は好きだった。店はすべてシャッターを下ろし、もちろん人通りはない。それでもなぜか、真っ白な明りだけは夜を徹して輝いている。雷門の下からまっすぐ伸びる白い道は、空気以外の物質が詰まった空間のように見える。眠った誰かをここに運んで叩き起こしたら、絶対に夢の続きだと思うに違いない。
「東京夜話」いしいしんじ著(新潮文庫) ISBN:9784101069258 (4101069255)
下町、繁華街、官庁街。東京の様々な「顔」を舞台に繰り広げる幻想短編集。
96年の「とーきょー いしい あるき」を改題。幻のデビュー短編集だとか。創作の引き出しを覗き見るような楽しさがある。
谷中の地下に広がる秘密基地や、霞ヶ関のビルの奥で繰り広げられる不気味な「お面法廷」といった、シャープな発想のSFがあるかと思えば、怪しい外国人の日本紹介という形をとったパスティーシュ風も。ちょっとたどたどしいけれど、バリエーション豊かに、東京という都市が持つ様々な断面を描いている。華やかさや虚飾や、人込みゆえの寂しさを。
中でも印象的なのは、五年勤めた会社を辞めてぶらぶらしていた「ぼく」が、友人と田町のアパートの一室で無届けのバーを始める「うつぼかずらの夜」。そして、浅草寺あたりを徘徊するホームレスの「先生」との友情を描いた「吾妻橋の下、イヌは流れる」だ。
はちゃめちゃで、長続きせず、だけれど温かい日々。「みずうみ」を読んだ後だったせいか、勝手な感慨と自覚しつつも、著者がたどってきた歴史に思いをはせてしまった。(2007・5)
『東京夜話』 いしいしんじ ペチカの本棚

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