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April 30, 2007

「みずうみ」

男は何気なくホールトマトの空き缶を拾って道の端に置いた。角を曲がると、一メートルほどの間隔をあけて、十数個の空き缶が点々と落ちていた。どの缶も、拾ってほしいといいたげに、赤いトマトの絵柄をこちらへ向けている。

「みずうみ」いしいしんじ著(河出書房新社) ISBN:9784309018096 (4309018092)

月に一度、あふれる不思議な村の湖。その水が思い出させる、人々の永遠に失ってしまった過去、そしてこれから起こること。

「文藝」発表の第一章に、書き下ろしの第二章、第三章を加えた。第一章の民話的な湖のエピソードが、第二章の月に一度、身体が伸び縮みするタクシードライバーの話、そして第三章の作家夫婦の話へと、微妙に形を変えつつ繰り返される。人生のすべては、奇跡のような偶然の連続であり、しかしそれは、きっと何かの必然で結びあっているのだ。

うまく言えないけれど、著者は新しい地平に立ったように感じた。これまでの長編の筋立ては少年の成長物語が多く、どことも特定されない欧州風の町で展開していた。そのため、いくらか残酷な場面を含んでいても、夢のある読後感を残していたように思う。
しかし本作の第三章は、そうした童話的世界とはっきり一線を画した。なにしろ舞台は松本、浅草、ニューヨーク、キューバなど実在の地名で、一見、作家とその妻、翻訳家の友人らの日常生活を描いている。登場人物の生年まで記してある。

現実的な設定だから、読む者は自らの体験を重ねやすいし、作家の体験も想像してしまう。だからといって、イメージは小さくまとまっていない。ギリシャ神話やら古代隕石のクレーターやら、シーン一つ一つがいつもながら色鮮やかだ。それだけ作家のイマジネーションの力が、タフだということだろうか。時空は伸び縮みし、ねじれて、つながる。

決して読みやすくはないかもしれない。それなのに、引き込まれる物語だ。(2007・4)

『みずうみ』 いしいしんじ  ペチカの本棚

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