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March 03, 2007

「わたしを離さないで」

「何か大事なものをなくしてさ、探しても探しても見つからない。でも、絶望する必要はなかったわけよ。だって、いつも一縷の望みがあったんだもの。いつか大人になって、国中を自由に動き回れるようになったら、ノーフォークに行くぞ。あそこなら必ず見つかる、って……」

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著(早川書房) ISBN:9784152087195

介護人キャシー・Hが回想する、謎の施設「ヘールシャム」で過ごした幼かった日々。親友ルースやトミーとのみずみずしい思い出と、そこに時おり顔をのぞかせる腑に落ちない思い、そして今。

久しぶりに翻訳ものを読んだ。ブッカー賞作家のベストセラーであり、ブロガー絶賛の大傑作。

ストーリーを要約すれば、SFなのだろう。用意周到な謎や、思わせぶりも散りばめられている。けれどもそんな筋書きよりむしろ、主人公たちのごく自然な心のひだが胸に迫る。

子供時代、付き合う人と言えば級友、教師ぐらいという狭い人間関係の中で、ちょっとしたことで癇癪をおこして後悔したり、「秘密親衛隊」のつもりになってありもしない秘密を共有してドキドキしたり。「ヘールシャム」の住人でなくても、誰にでも思い当たることだ。思えば、私たちは人生について、何もわかっていなかった… すっかり忘れていた日々を、繊細な筆致で鮮やかに思い出させてくれる。

だから最後の方では、もう「真相」はどうでもいい気がしてくる。ヘールシャムがどんな施設で、その出身者たちがどんな宿命を背負っているのか。教えてくれなくていい、せめて小さな幸せが訪れてほしい。しかし、謎は明かされてしまう。生きることはものすごく静かで、残酷だ。幼い頃に語り合った、なくしたものが何でも保存してある、伝説の町ノーフォークなんて存在しない。「受け入れていくこと」しか残されていない。

でも、もしかしたら、目をそらさずにいることぐらいはできるかもしれない… 圧倒的に切なくて、でも何故か、前を向いてページを閉じることができる。文句なく面白くて、胸にしみる名作。土屋政雄訳。(07/2)

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カズオ・イシグロ【わたしを離さないで】  ぱんどら日記

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