「わたしを離さないで」
「何か大事なものをなくしてさ、探しても探しても見つからない。でも、絶望する必要はなかったわけよ。だって、いつも一縷の望みがあったんだもの。いつか大人になって、国中を自由に動き回れるようになったら、ノーフォークに行くぞ。あそこなら必ず見つかる、って……」
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著(早川書房) ISBN:9784152087195
介護人キャシー・Hが回想する、謎の施設「ヘールシャム」で過ごした幼かった日々。親友ルースやトミーとのみずみずしい思い出と、そこに時おり顔をのぞかせる腑に落ちない思い、そして今。
久しぶりに翻訳ものを読んだ。ブッカー賞作家のベストセラーであり、ブロガー絶賛の大傑作。
ストーリーを要約すれば、SFなのだろう。用意周到な謎や、思わせぶりも散りばめられている。けれどもそんな筋書きよりむしろ、主人公たちのごく自然な心のひだが胸に迫る。
子供時代、付き合う人と言えば級友、教師ぐらいという狭い人間関係の中で、ちょっとしたことで癇癪をおこして後悔したり、「秘密親衛隊」のつもりになってありもしない秘密を共有してドキドキしたり。「ヘールシャム」の住人でなくても、誰にでも思い当たることだ。思えば、私たちは人生について、何もわかっていなかった… すっかり忘れていた日々を、繊細な筆致で鮮やかに思い出させてくれる。
だから最後の方では、もう「真相」はどうでもいい気がしてくる。ヘールシャムがどんな施設で、その出身者たちがどんな宿命を背負っているのか。教えてくれなくていい、せめて小さな幸せが訪れてほしい。しかし、謎は明かされてしまう。生きることはものすごく静かで、残酷だ。幼い頃に語り合った、なくしたものが何でも保存してある、伝説の町ノーフォークなんて存在しない。「受け入れていくこと」しか残されていない。
でも、もしかしたら、目をそらさずにいることぐらいはできるかもしれない… 圧倒的に切なくて、でも何故か、前を向いてページを閉じることができる。文句なく面白くて、胸にしみる名作。土屋政雄訳。(07/2)
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カズオ・イシグロ【わたしを離さないで】 ぱんどら日記
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翻訳物は苦手だ。
あの独特の日本語使いが、ものすごく苦手だ。
できることならドメスティックな生き方を選んできたが、そういうわけにも行かなくなった。
本屋に行くたび、自分の中の人が、この本を読めー読めーと囁き続けるのだ。
うるそうてかなんから、読んでみた。
もう一回言うが、翻訳物は本当に苦手だ。
にもかかわらず、意外にさくさくと、そして途中で投げ出すことなく最後まで読めてしまったのは、何よりもまず翻訳者の丁寧な仕事の賜物だろう。
そして物語がとても映像的だったということもある。
ず... [Read More]
» カズオ・イシグロ【わたしを離さないで】 [ぱんどら日記]
ネタバレなしで内容を説明するのが難しい、読書ブロガーには厄介な本。
でも面白い。できれば私の稚拙な説明などご覧にならず、なんの予備知識もない状態でお読みいただきたい。
主人公はイギリスの全寮制の学校ら... [Read More]
» 2006新刊本ベスト投票結果発表。 [読者大賞blog]
遅くなってすみませんでした。新刊本ベスト投票2006、投票締め切って集計しました。
総勢90名の方に投票いただきまして、たくさんの本好きな方に選んでいただけて、
信頼度の高い結果が出せたと思います。どうもありがとうございました。
さて、早速、気になるベスト3から。
1位
風が強く吹いている
2位
夜は短し歩けよ乙女
3位
わたしを離さないで
最初「わたしを離さないで」が独走態勢、1位に挙げた方が一番多かったのもこの作品ですが、2位票、3位票もまんべんなく入った... [Read More]

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