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January 22, 2007

「ゆれる」

けれど、もし、誤ったとしても、失ったとしても、もう一度だけ手を伸ばし、声を上げるより他に、生きて自分に出来ることを、俺は今、見つけられない。
 腐った板がよみがえり、朽ちた欄干が持ちこたえることはあるだろうか?
 あの橋は、まだかかっているだろうか?

「ゆれる」西川美和著(ポプラ社)  ISBN:9784591093030

俊英、西川美和監督が、各賞で絶賛の映画を自ら小説化。

寂れたふるさとの渓谷にかかる、一本の朽ちかけた吊り橋。不安定なその橋が、不幸な事件に見舞われた兄と弟の、愛憎の「揺れ」を静かにうつしとる。

時系列に、登場人物一人ひとりの独白をつないでいくスタイルが絶妙だ。まるで「羅生門」のように、同じなようで同じでなく、「真実」は微妙にずれていく。誰が誰を思い、誰が誰を陥れたのか。真実なんていつも、こんな風に不確かで、最後までクリアにはならないものかもしれない。

でも、兄と弟を軸に、その父と弟、幼なじみの娘とその母、スタンド従業員の妻子ら、取り巻く人それぞれの心の中にある「真実」が、胸に迫ってくる。誰しも自分が可愛いし、面倒なことは避けたいし、大切なはずの人を時に煩わしく思ったりする。それでも決して断ち切れない、いとおしさはあるのだ。

映像作家らしく、古い8ミリ映写機の伏線が鮮やか。青白い装丁も知的で美しい。映画を観なければ!(2007・1)

「ゆれる」西川美和  本を読む女。改訂版

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January 21, 2007

「チーム・バチスタの栄光」

 ついでに言えば、俺はグッチーと呼ばれている、らしい。こちらも、面と向かって言われたことがないので確かではない。高級ブランドが似合う二枚目だからということではなく、俺がファッションセンス・ゼロであることに対する揶揄がこめられているようだ。巷では、俺がかつてグッチとシャネルの区別がつかず間違えたというエピソードがその由来だと囁かれている。しかしこのウワサはまるきりのデマだ。
 俺だってシャネルくらいはわかる。間違えたのは、グッチとエルメスだ。

「チーム・バチスタの栄光」海堂尊著(宝島社) ISBN:9784796650793

バチスタ手術チームに発生した連続術死。医療過誤か、殺人か。第4回『このミステリーが凄い!』大賞受賞。

ブロガー絶賛のエンタテインメント作をやっと読んだ。評判通りの読後感。第一部は「愚痴外来」の昼行灯、田口医師を語り部に引っ張っておいて、第二部から「伊良部一郎」ばりの変人厚労省技官、白鳥を投入。長編の半ばになってもう一人、主人公の探偵が加わる荒技の構成がまず、意表をつく。

2人とも、陽のあたる出世街道を自ら好んで外れておきながら、賢くて真っ当な正義感があり、実は本当の権力者には一目置かれていたりする。ドラマ「相棒」ばりに、人物の魅力は十分だ。しかも2人が時間差で登場したことで、疑惑の手術チームに対する「事情聴取」を2回繰り返すことになり、1回目との印象の違いによって、それぞれの人物像のあやを巧妙に浮き上がらせた。

舞台は大学病院。お約束の「白い巨塔」での権力闘争に、独立行政法人化とかリスク管理といった現代風のスパイスを加え、さらに華やかな「バチスタ手術」をトッピング。現役医師が著者とあって、医療知識が骨組みになってはいる。
しかし、面白さの本領はそういう専門性ではなく、もっといえば犯人捜しでさえなく、言葉のキャッチボールなのかもしれない。繰り返される事情聴取では、怪しげな心理理論で読者を煙に巻きつつ、「対話の妙」を駆使してそれぞれの内面をあぶり出す。それから、ミステリーとしては全く本題ではない、会議や記者会見の場面も見逃せない。やはり言葉のキャッチボールを通じて群集心理を操り、いつのまにか狙った結論に導いていく過程が痛快だ。

一つ間違えると、こういう会話劇は独りよがりになりがちで、解説口調が鼻についてしまうと思う。それを微妙なバランスで防いでいるのは、長編を飽きさせない緩急のリズムと、随所に散りばめられるユーモアだ。落語のようで、ちょっと老成した感じさえする。この達者さは並大抵ではない。すでに主役の田口・白鳥コンビはシリーズ化しているが、あえて言えば今後、テーマに共感できる「深み」が加わるかが注目だろうか。(2006・12)

★追記 08年映画化。

「チーム・バチスタの栄光」海堂尊  本を読む女。改訂版
「チーム・バチスタの栄光」 lie to rye 
◎◎「チーム・バチスタの栄光」 海堂尊 宝島社 「本のことども」by聖月
海堂尊「チーム・バチスタの栄光」 ぱんとら日記
「チーム・バチスタの栄光」海堂尊   読書とジャンプ


 

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January 18, 2007

「名もなき毒」

 土地ってのは人間の歴史ですものねと言う。
「そこに住む人間の営みが刻み込まれてる。でも、良いことばっかりとは限らない。邪悪も染み込んでる。それが"毒"だ」

「名もなき毒」宮部みゆき著(幻冬舎) ISBN:9784344012141

今多コンツェルンの社内報編集者、杉村三郎がふとしたきっかけで出会った少女は、連続毒殺事件の遺族だった…。

著者3年ぶりの現代ミステリーをようやく読んだ。「誰か」でデビューした、影が薄くて欲のない婿殿、杉村の再登場だ。480ページを超える長編で、主役が毒殺事件に巻き込まれるのはやっと100ページあたり。新聞連載に加筆したせいか、ゆったりペースで地味ながら、お馴染みの達者な筆致で楽に読み進められる。

無差別毒殺、土壌汚染、そして心に巣くう嫉妬や嘘。すぐ隣にあるこの世の「毒」を、丁寧に描く。思えば著者は名作「火車」からずっと、憎むべき、それでいて切ない犯罪者を描いてきた。

犯人が判明してミステリが解決しても、そんな罪を招いた「毒」そのものを割り切ることはできない。決してスカッとはしないから、ちょっと物足りないという読後感もあるかもしれないが、現実の方があまりに悲惨な昨今だからこそ、割り切れない「毒」から目を背けない姿勢が印象に残る。あの、全編のたうち回るような「模倣犯」を経て、著者の現代ものは、どこか透明な域に達しつつあるように感じる。

常識人の杉村に、財界の大立て者で理解ある重厚な義父。それに今作はハンサムな若手評論家の秋山、賑やかなバイトのゴンちゃんも加わって人物の魅力が増した。意図せざる探偵、杉村シリーズはまだまだ続きそうな予感。楽しみだ。(2006・12)

宮部みゆき 『名もなき毒』  日記風雑読書きなぐり
宮部みゆき【名もなき毒】   ぱんどら日記
名も無き毒  乱読日記
「名もなき毒」宮部みゆき 読書とジャンプ
名もなき毒 宮部みゆき   粋な提案

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January 15, 2007

「ドライブイン蒲生」

僕は心の成長が早い子供だったから、あきらめを受け入れるのが得意だった。夏だけがやっかいなのだ。ひとたび秋になれば、悲しいことなんて他にいくつも落ちていると、毎年、ちゃんと気がついた。

「ドライブイン蒲生」伊藤たかみ著(河出書房新社) ISBN:9784309017662

やっかいな母、あるいは脈絡のない父を回想する短編集。表題作のほか「無花果カレーライス」「ジャトーミン」収録。

著者の「盗作」から「八月の路上に捨てる」に至る道程。これは通らなければならない過去だったのだろうか。

他人の家の中なんて普通、下世話に痩せていて、何かもの悲しい。正直言うと、あまり直視したくない物語だ。だのに読み進むうちにふと、自分の心にも眠っている景色とだぶってドキリとさせられる。軽い筆致なのだが、その不意打ちは重い。書名を斜めにあしらった装丁が印象的。(2006・11)

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January 03, 2007

「ガール」

「光山さんなら似合いますよ。合わせる服、いっぱいあるじゃないですか」
「そうよねー。白いキャスケットなんか合いそうな気もするしー」
 うーむ、キャスケットときたかーー。
 ときとして「引いて」しまうこともあるが、由紀子はこの先輩が嫌いではない。

「ガール」奥田英朗著(講談社) ISBN:4062132893

働く30代女性の気概を描いた、爽快短編集。

それぞれの主人公は、ともすれば「痛い」と切り捨てられそうな、愚かさを抱えている。昇進とか気の合わない同僚とかに、いちいち心が揺れるし、ずるいことも考えてしまう。既婚でも子持ちでも同じだ。でも、企業社会の片隅で、それなりに真面目にやっている。どこが、いけないのか。

一つ一つはいかにも小さな物語。だが目の付けどころに一ひねりあり、ファッションなど細部の情報も的確で心憎い。その細部に支えられて、共感して、元気が出る。「ワーキングガール・ウォーズ」(柴田よしき著、新潮社)よりはもう少し主人公に距離を置き、世相を踏まえながら揶揄に流れない。加減を心得たサービス精神は並大抵でない。生涯一ガール、女同士はわかり合えるーー。至言。

小説現代2003~2005年の発表作品。ポップな装画はノグチユミコ。(2006・12)

奥田英朗 『ガール』
<オススメ>『ガール』 奥田英朗 (講談社)

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January 02, 2007

「八月の路上に捨てる」

「佐藤は目が細いから、怒ってるのか喜んでるのか、他人にはわかりづらいんだよ」
「そんなこと言ったら水城さんだってそうですよ。いっつもぶすっとしてるから」
「仲良くなったらわかるもんだろ」
「でしょう? そうなんですよ。わかるもんなのに、嫁はわかってくれなくなる」

「八月の路上に捨てる」伊藤たかみ著(文藝春秋) ISBN:4163254005

蒸し暑い八月の最終日。自販機に飲料を補充して回るドライバーの水城さんと、その助手、バイトの敦の一日をたどる。

現代の三十歳の、仕事と家族。敦は先が見えないフリーターとして働き、明日には離婚する身だ。そのつかみどころの無い感覚を、丹念に描く。真面目だし、きちんと幸せになろうとしているのだけれど、人生の確かさは、するりと手から逃げていく。

若者の心の放浪は、昔からあるものかもしれない。けれど、都会の至るところに立ち並ぶ自販機という「豊かさ」との対比がうまい。気っぷのいいシングルマザー、水城さんとの微妙な信頼関係も心地よい。淡々として軽すぎるという感想もあるだろうが、あえて気負いを排したきめ細かな独白に、作家の真摯さがのぞく気がする。第135回芥川賞受賞。

ユーモアが効いて、温かな気持ちが通う「貝からみる風景」も収録。(2006・11)

「八月の路上に捨てる」 伊藤たかみ
八月の路上に捨てる

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January 01, 2007

「新聞がなくなる日」

 だが、「メディアはいつのまにか人間を変えてしまう」。彼のこの言葉ほど、今日のデジタル情報メディア全盛時代の本質を鮮やかに表現しているものはない。

「新聞がなくなる日」歌川令三著(草思社) ISBN:4794214391

元毎日新聞編集局長が読み解くメディアの変転。

読者調査や経営データをもとに、地に足の着いた近未来予測を、平易な言い回しで展開している。マクルーハンの言葉が実際にどういう形で実現するのかは、なかなか見えてこないのだけれども。(2006・12)

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「周極星」

「そうかもしれないな。この国が抱える膨大な人口は、すべてを内包して、問題の先送りを可能にする、無尽蔵のショック・アブソーバーみたいなものかもしれん。それと同時に、その反面、最大の火薬にもなり得る危険を孕んでいる」

「周極星」幸田真音著(中央公論社) ISBN:4120037304

上海を舞台に繰り広げられる金融ビジネスの駆け引き。

舞台であるはずの中国経済が、現実の変化と相まって主役に躍り出て、得も言われぬエネルギーを発散している。その分、登場人物の幼い頃からの因縁とか、日中二つの故郷とか、そういう筋立ての魅力はかなりそがれる印象がして、時代とわたり合う経済小説の難しさを感じさせる。(2006・12)

幸田真音「周極星」

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「未完成の友情」

「人間はどこまで行っても一人だろ? だからおまえたちも仲よくしないといけんぞ」
「仲がいいがね。なあ」
 月坂は賛同を求めた。

「未完成の友情」佐藤洋二郎著(講談社) ISBN:4062136341

親友と、かつて甘酸っぱい思いを寄せた女性との、長い歳月。懐かしい手触りがする、大人の私小説。

幼い日の出会いから別れまで、出来事を丹念にたどる。大人の階段を上った新聞配達の体験。朝の坂道を、自転車で駆けていく爽快さ。平易な語り口の、ありふれた情景の一つ一つが、繊細な光を放つ。

互いの欠けているところを十分わかり合った関係。傷つけないように、裏切らないようにしてきたけれど、人間だから、はっきりと口に出さないわだかまりはある。中年期を過ぎて、その意味を知ったときの苦い後悔。でも、それぞれが自分の前にある道を歩いていくしかない。生きることの孤独が、しみじみと胸に広がる。(2006・12)

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