「盗作」
じゃあその空白を、モノみたいに考えてみて。例えば、中身を飲み干したあとの瓶そのもの、借金そのもの、みたいに。
「盗作」伊藤たかみ著(河出書房新社)ISBN:4309015549
ミステリー作家の辻克巳は、深刻なスランプに陥る。書けない苦しさを抜け出そうと、彼の足跡をたどり始める。自らのペンネームの片割れで、予備校時代に命を絶った親友、カツミの最期の日々を。
これは「ノルウェイの森」なのか。1969年というキーワードや、「ポール死亡説」など繰り返されるビートルズのエピソード。そして「名前を盗む」という作家個人の体験とのシンクロも示唆される。
散りばめられた小さな謎は深まるばかりで、ひょっとしたら物語としての達成感は今ひとつかもしれない。核の一つになっている暴力のエピソードも、因果応報を語っているように感じられて正直、気が滅入るところもある。でも、死んだ者とか、そういう誰の心にもある消しがたい「空白」を、空白そのものとしてみつめていこうとする切実な思いは、しっかりと胸に残った。こういう書き下ろしを成し遂げるパワーに、感銘を受ける。
それにしてもビートルズというバンドは、なんて豊かなイメージをはらんでいるのだろう。時代を限定せずに通用する「古典ぶり」が、改めて見事だ。(2006・10)