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September 23, 2006

「タックス・シェルター」

でも、メグのパパが言ってたみたいに、ママは普通の人からばかり税金を取っているの? だから、ママはみんなから嫌われるわけ? 今夜みたいに、メグのママが怖い顔してやって来たりするのも、その増税のせいなの?

「タックス・シェルター」幸田真音著(朝日新聞社) ISBN:4022502207

生真面目な経理マンが、ワンマン社長の海外隠し口座を預かったことで陥る巧妙なマネーの罠。やがてその運命は、敏腕の女性税務調査官と交錯する。

ライブドア事件などにも登場した海外口座やSPC、原油先物取引など、経済事件の要素を散りばめ、好奇心を刺激する。取引が成功するのか、「悪事」は露見しないのか。ハラハラさせるサスペンスが満載だ。
だが450ページを引っ張るのはむしろ、税逃れという「頭のいいやり方」に近づいたが故に、人生を絡め取られてしまう人間の悲しさだろう。一方に税務調査官を配し、対比を際だたせた。前段で調査官の、女性として苦しい選択や、税というものへの一抹の疑問を丁寧過ぎるほどに描いたことで、それでも職責を全うしようとする姿が印象深くなった。(2006・9)

タックス・シェルター

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「ワーキングガール・ウォーズ」

「ブラディマリーですか、今夜は」
「うん」
 あたしは言った。
「血まみれ女王様の気分なのよ、今夜はね。みんなに憎まれて恐れられた女王様」
「彼女は尊敬されてもいたんです。問題は多い女王だったけど、結局、エリザベス一世を殺さなかったし」
 八幡の声が、耳に響いた。
「それを忘れてはいけない」

「ワーキングガール・ウォーズ」柴田よしき著(新潮社)ISBN:4104711012

37歳、未婚。総合音楽企業の企画部で係長を務める女性のリアルな日常と本音。

夢中で働いているうちに、いつのまにか管理職一歩手前。人当たりは悪いから周囲に疎まれているのは自覚しているし、もう現場
で走り回る充実感はない。野心家の部下やセクハラ上司にいらだちも募る。それでも自分の頭で解決策を考え、トラブルに一つ一つ立ち向かっていく。結局は仕事が嫌いではないし、女としてのプライドもあるのだから。

オーストラリアへの一人旅で知り合った旅行社勤務の女性の視点をまじえつつ、平成ワーキングウーマンの心意気を軽妙に綴る。トラブルの謎解きや、女同士のべたべたしない友情、年下の同僚との恋も織り込んで、深刻になりすぎない。「anego」(林真理子著)などと比べると展開に衝撃はないけれど、その分、楽しく読めて爽快。バランス感が、この作家のうまさなのだろうか。(2006・9)

『ワーキングガール・ウォーズ』柴田よしき
ワーキングガール・ウォーズ 柴田よしき
<面白い>『ワーキングガール・ウォーズ』 柴田よしき (新潮社)

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September 18, 2006

「三番手の男」

こういう武士たちに対し羽柴秀吉が明快な解説を加えた。
「殿(信長)のご方針は、一所懸命の古い考えをぶち破り、新しくわれわれの考えを展開させようとお企てになっているのだ」
「新しい価値観とは何ですか」
 そうきく部下に秀吉はこう答えた。
「文化だ」

「三番手の男 ーー 山内一豊とその妻」童門冬二著(日本放送出版協会) ISBN:4140054867

歴史に学ぶ処世術などで定評ある作家の山内一豊論。

時に史料をひもとき、時に郷土史家らの説を取り入れながら、信長の政策や、秀吉の組織運営術などを読み解く。例えば信長の先見性。国土は限られているから、論功があった武士らへの恩賞を従来の「土地至上主義」から切り離そうとし、それが茶の湯など文化への傾倒につながったのだという。記憶に残る挿話が満載だ。

そんなきら星のような武将の側にいて、肝心の主役である一豊の人物像は、なんだか影が薄い。自らの分を知り、妻を愛し、戦さに明け暮れながら戦さの非道を嫌う。欲の無さは歯がゆいほどだ。
しかし読む進むうち、その姿がいつの時代にもいる大多数の、誠実な働き手の生き方に重なっていく。だから、一豊と戦国の妻たちの安寧を願う思想は、時を超えて郷土に根付いたのではないか、という解釈は、ちょっと強引なようにも思えるけれど、何とも爽快だ。(2006/9)

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「風に舞いあがるビニールシート」

 垢抜けない服を着て、曲がり角をすぎた素肌をさらし、スケジュール帳には恐らくクリスマスの予定ひとつ記されていない。俗に言う負け犬を体現したようなニシナミユキが、ふいにこのとき、服だとか肌だとか特別な日の予定だとか、裕介が日頃他人を推しはかる上で基準としているものたちから突きぬけ、未知なる光を拡散した。

「風に舞いあがるビニールシート」森絵都著(文藝春秋)  ISBN:4163249206

他人にはわかりにくいけれども、何か大切なものを心に抱いて生きる人たちをとらえた短編集。

収められた6作のうち2作目あたりまでは、ちょっときれい事過ぎる感じがした。プライドとか信念とか、受け止めるには直球過ぎる気がしていた。
それが三作目の「守護神」あたりから、作家のペースにはまり始める。社会人学生の間に伝わる「伝説」の学生、国文学のリポートを代筆してくれるニシナミユキ。その毒舌の気っぷの良さと、せっぱ詰まって代筆を頼みに行く主人公との心の交流が、何とも魅力的だ。

直球過ぎるものは、なかなか他人には理解されない。だけれど、ほんのふとした弾みで、その一端が通じ合う瞬間がある。仕事上のはかない接点であれ、悲しい別れを経た夫婦であれ…。構成にバラエティーがあり、筆力を感じる一冊。第135回直木賞受賞。(2006/8)

<超オススメ>『風に舞いあがるビニールシート』 森絵都 (文藝春秋)
風に舞いあがるビニールシート、森絵都
風に舞いあがるビニールシート 森絵都

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September 17, 2006

「偽装報告」

「そうだよ。組織って、そんなにヤワじゃない。異端者はしめつけられ、飼い殺しにされ、ついには職を失う。そんな事例はこれまでいくらでもあったさ。でも、会社は変わらないんだ」
 峯岸さん、と郁子の声がいっそう深くなった。
「闘うのよ。敗れたっていいじゃない」

「偽装報告」高任和夫著(光文社) ISBN:4334924921

名門、五代自動車で進行するリコール隠しの病。病巣摘出までのドラマを描く。

組織の中で、実績も実力もある人が上に立つと、その誤りをただすのは、日に日に難しくなっていく。そんな環境に合わせ、カメレオンのように自分を染めて、生き残っていこうとするミドル達の身の処し方もまた、自然な生存本能なのだろう。
そんな現実をリアルに描き出しつつ、それでも染まりきらない部分に光をあてる展開が爽快だ。終盤はやや登場人物達が格好良すぎる感もあるが、暴露趣味に走りすぎず、企業小説の楽しさを味あわせてくれる。(2006/8)

「偽装報告」高任和夫

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September 15, 2006

「予知夢」

「予知、ということか。それでオカルト事件担当の草薙俊介刑事にお呼びがかかったんだな」助手席で湯川学が皮肉った。シートをいっぱいに倒し、長い脚を組んでいる。アルマーニの黒いシャツを着て、黒いサングラスをかけていた。どこから見ても物理学者には見えない。

「予知夢」東野圭吾著(文春文庫) ISBN:4167110083

気鋭の物理学者、湯川が、同級生の草薙刑事が持ち込む難事件を謎解きしていく。直木賞受賞の名作「容疑者Xの献身」に先立つ、〈探偵ガリレオ〉シリーズの第二短編集。

旅先でやっと読めた。さほど厚くない文庫に、お楽しみがぎゅっと詰まっている。霊視やポルターガイストなど、オカルトめいたトリックや事件の背景を、科学の眼で解きほぐす過程がまず痛快。
加えて湯川の造形が魅力的だ。頭が切れて、皮肉屋。しかし実のところ、犯罪にかかわってしまった人々の悲しさ、愚かさを、実に繊細にとらえている。決してくどくどと語るわけではないのだが。なかでも町工場の経営者夫婦の機微を描いた「絞殺(しめ)る」は泣かせる。(2006・8)

「予知夢」 東野圭吾

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September 12, 2006

「昭和史 戦後篇」

驚くべきことに、天皇はコーヒーに一切口を付けなかったそうです。もてなされたものに手をつけないのは礼を失することです。天皇のような社交的に訓練された人がそれを敢えてしたのは、敗者とはいえわが道をゆく毅然たる姿、ということになるのでしょうか。マッカーサーもこれにはずいぶん驚いたようです。

「昭和史 戦後篇1945‐1989」 半藤一利著(平凡社)ISBN:4582454348

ノンフィクション作家が語る昭和史講義の完結編。

500ページを超える大部で、戦後ニッポンの歩みをたどる。戦前篇と同様、ルビを多用したわかりやすさやエピソードの面白さは健在。
まだ「過去」とはいえない時代だけに、歴史観の鮮やかさに欠ける感は否めないが、「経済優先と官僚統制」という枠組みがいかにして選択されてきたか、いわば私たちの出自を見つめ直す手がかりになる。その上で、大局観をもって今を選びとるにはどうしたらいいのか… 何かと歴史を考える機会が多かった夏に、ふさわしい一冊だった。(2006・8)

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