「感染」
あの時、調べた血液の実験用のシートには、妙な位置に肝炎ウイルスの存在を示すバンドがあった。そのウイルスの大きさから考えると、あり得ない位置にごく薄い色がついているような気がした。
「感染」仙川環著(小学館文庫) ISBN:4094080465
ウイルス研究者の葉月は最近、外科医の夫の心が自分から離れつつあると感じ、恐れていた。そんな時、夫の前妻との間の子が誘拐される…。
子どもの移植を巡る医療サスペンス。個人的には、命を扱う新技術には、相当の慎重さが求められると考えているが、そうした論議はともかく、医の進歩を願う作家の真摯な思考と、それを謎解きと結びつけた着想が、このエンターテインメントを骨太にしていて、好感がもてる。
主人公の女性が、研究者にとって恵まれた資質であるはずの、自らの冷徹さに悩むという設定も魅力的。そういう彼女の煩悶が、終盤で語られるテーマ、すなわち医療とは例え基礎研究であっても、人と向き合うことから始まるのだというテーマと、うまく呼応しているのではないか。ミステリーとしては、もう少しテンポがあっても、と思うけれど。第一回小学館文庫小説賞受賞。(2006・5)
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仙川環著『感染』(小学館文庫)を読み終えました。医学ジャーナリストが描いた、臓器移植をテーマの医療サスペンス小説です。『感染』というタイトルからの予想に反して、夫の愛情を見失った妻の苦悩の日々を中心に描いた序盤はタイトルと医療サスペンスへの期待が無ければ...... [Read More]
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