「沖で待つ」
インフルエンザで四十度近い熱を出した太っちゃんが、七十キロ離れた伊万里の現場まで行くとき、運転をしていったのは私でした。会社の裏の内科で点滴を打ってもらって一瞬ハイになった太っちゃんは、もう大丈夫だからいいよそんな、と言ったのですが、私は予定をキャンセルしたんだから、と言って譲りませんでした。助手席に収まった太っちゃんは、いつものように軽口をたたきました。
「さては俺に惚れたな」
「ばか。誰が惚れるか」
「沖で待つ」絲山秋子著(文藝春秋) ISBN:4163248501
住設メーカーの女性営業職が振り返る社会人としての青春と、友情。
気っぷのいい語り口で、現代を生きる女性の閉塞感と、それでもあきらめずにいる何ものかを描く。一人称で、「である」調と「ですます」調をおり混ぜたリズムも心地いい。それが必ずしも本音の吐露だけに流れず、むしろ生硬な印象も残るけれども。
総合職女性小説、と紹介されていたが、もっと幅広いテーマを書いていく人なのだろうなと予感させる。二〇〇四年、二〇〇五年「文學界」所収の単行本化。134回芥川賞受賞。失業中に、気の進まない見合いにのぞむ女性の一日を追った「勤労感謝の日」も収録。(2006・4)
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