「安政五年の大脱走」
「わかってはおりますが、しかしご家老のおっしゃることは、人には出来ぬ所業でございましょう」
言い捨てた伊東が筆を放り投げた。
「それでもせねばならぬ。人の世には、そういうことがままるものよ」
唸り声を上げた塩入の顔が紅潮した。だが、睨みつけた絵図のどこにも逃げ道は無かった。
「安政五年の大脱走」五十嵐貴久著(幻冬舎文庫) ISBN:4344406362
時の権力者、井伊直弼が美しい姫、美雪を我がものにしようと、断崖絶壁のいただきに幽閉する。南津和野藩士51人と共に。果たして堅牢な天然の牢獄から、脱走はなるのかーー。
冒頭に、年齢の入った主要登場人物の一覧と、奇妙な山頂の略図が載っている。これを一瞥して、一気にアクション映画の世界に引き込まれる。物語の背景には、あの井伊大老の不遇時代という史実を配しているものの、小難しい歴史物ではなく、娯楽に徹した痛快作だ。
要は、幽閉先から人智を尽くしていかに脱出するか、ということに尽きるわけだが、舞台が現代ではないせいで、いったい科学技術でどこまで可能なのかという見当はつきにくい。いやいや、邪推は無用。理屈で予測できないからこそ、息苦しさの果てに、ラストで突如、アニメ「ルパン三世」の世界に出合うような爽快感を味わえるわけだ。数々のブロガーが薦めているのも、わかります。藩士同士の対立、葛藤が、もう少し掘り下げられていれば、より読み応えがあったか、とは思うけれども。(2006・4)
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著者:五十嵐貴久 江戸幕府大老・井伊直弼によって、小藩の姫と藩士51名が、切り立 [Read More]
どうも、五十嵐貴久です。本人だったりします。
感想、どうもありがとうございます。
さて、そんなこんなで私の新刊「パパとムスメの7日間」が、このたび朝日新聞社から発売されました!47歳のパパと、17歳のムスメの体と心が入れ替わって起きる大騒動を描いた話でございます。よかったら、試しに読んでみていただければ嬉しいです。ではでは。五十嵐貴久でした。
Posted by: 五十嵐貴久 | October 11, 2006 07:05 PM