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April 30, 2006

「沖で待つ」

インフルエンザで四十度近い熱を出した太っちゃんが、七十キロ離れた伊万里の現場まで行くとき、運転をしていったのは私でした。会社の裏の内科で点滴を打ってもらって一瞬ハイになった太っちゃんは、もう大丈夫だからいいよそんな、と言ったのですが、私は予定をキャンセルしたんだから、と言って譲りませんでした。助手席に収まった太っちゃんは、いつものように軽口をたたきました。
「さては俺に惚れたな」
「ばか。誰が惚れるか」

「沖で待つ」絲山秋子著(文藝春秋) ISBN:4163248501

住設メーカーの女性営業職が振り返る社会人としての青春と、友情。
気っぷのいい語り口で、現代を生きる女性の閉塞感と、それでもあきらめずにいる何ものかを描く。一人称で、「である」調と「ですます」調をおり混ぜたリズムも心地いい。それが必ずしも本音の吐露だけに流れず、むしろ生硬な印象も残るけれども。 総合職女性小説、と紹介されていたが、もっと幅広いテーマを書いていく人なのだろうなと予感させる。二〇〇四年、二〇〇五年「文學界」所収の単行本化。134回芥川賞受賞。失業中に、気の進まない見合いにのぞむ女性の一日を追った「勤労感謝の日」も収録。(2006・4)

『沖で待つ』 絲山秋子

「雨にぬれても」

「毎日、ここに来てるんですか?」
「まさか、月に五回くらいだよ」彼はレモンハイをぐっとあおって、こちらを向くと、ニッと笑う。「これがまた、いいんだ。朝酔っぱらって帰って寝るのがね。とりあえず今は幸せって気分でいられる」

「雨にぬれても」上原隆著(幻冬舎文庫) ISBN:4344406532

コラム・ノンフィクションの第三弾。

社長の自殺とかDVといった重いテーマも、はたまた駅前商店街の大衆食堂で朝から酒を飲む人たちの生態も、あくまで並列に、淡々と描いていく。だからこそ、悲劇は誰の身にも起こりうるのだという当たり前の事実や、とるに足らない日常のかけがえのなさが、胸に染みる。こういう作品を淡々と書いていくのは、かなりタフな精神がいることだろう。中には取材しようとしたけれども、空振りになっているものもあって、著者が困ったりするシーンまで目に浮かんできて、興味深い。(2006・4)

上原隆の「雨にぬれても」。
雨にぬれても/上原隆

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「安政五年の大脱走」

「わかってはおりますが、しかしご家老のおっしゃることは、人には出来ぬ所業でございましょう」
 言い捨てた伊東が筆を放り投げた。
「それでもせねばならぬ。人の世には、そういうことがままるものよ」
 唸り声を上げた塩入の顔が紅潮した。だが、睨みつけた絵図のどこにも逃げ道は無かった。

「安政五年の大脱走」五十嵐貴久著(幻冬舎文庫) ISBN:4344406362

時の権力者、井伊直弼が美しい姫、美雪を我がものにしようと、断崖絶壁のいただきに幽閉する。南津和野藩士51人と共に。果たして堅牢な天然の牢獄から、脱走はなるのかーー。

冒頭に、年齢の入った主要登場人物の一覧と、奇妙な山頂の略図が載っている。これを一瞥して、一気にアクション映画の世界に引き込まれる。物語の背景には、あの井伊大老の不遇時代という史実を配しているものの、小難しい歴史物ではなく、娯楽に徹した痛快作だ。
要は、幽閉先から人智を尽くしていかに脱出するか、ということに尽きるわけだが、舞台が現代ではないせいで、いったい科学技術でどこまで可能なのかという見当はつきにくい。いやいや、邪推は無用。理屈で予測できないからこそ、息苦しさの果てに、ラストで突如、アニメ「ルパン三世」の世界に出合うような爽快感を味わえるわけだ。数々のブロガーが薦めているのも、わかります。藩士同士の対立、葛藤が、もう少し掘り下げられていれば、より読み応えがあったか、とは思うけれども。(2006・4)

読書感想「安政五年の大脱走」
安政五年の大脱走(五十嵐貴久)
「安政五年の大脱走」五十嵐貴久著

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April 23, 2006

「〈不良〉のための文章術」

 注意するのは漢字とひらがなの使い分けで、なるべく漢字を使わないようにしています。そのためには、いちど固有名詞や引用部分をのぞいて全部ひらがなにしてみて、そこからどんどん漢字にしてみたりもします。

「〈不良〉のための文章術」永江朗著(NHKブックス) ISBN:4140910054

プロのライターが指南する「お金になる」文章の書き方。

原稿の依頼を受けた媒体や、その想定する読者層、原稿の長さ、媒体のなかでの位置づけはもちろん、書き手自身が出版界でどう位置づけられているか、今回の依頼では何を期待されているのか、を理解する。それらを踏まえたうえで、ニーズに合っていて、同時に筆者が伝えたいことや、個性がきちんと表現できている。そんな文章を書くための作法を追求した一冊。
書評、飲食店紹介など、著者自身の仕事を題材にした推敲の実例も豊富だ。プロに徹するには、驕らず媚びず、できないことはできないと言う潔さも大事だ、という姿勢が印象的だ。(2006・4)

永江 朗『<不良>のための文章術』

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April 16, 2006

「ナラタージュ」

 膝の上に載せていたタオルが床に落ちた。前かがみになって拾うと、青いタオルの表面には軽く綿ぼこりが付いていた。別れを告げるときのように軽く払って落とした。
「行こうかな」
 少し明るい気持ちになって答えると、小野君は、良かった、と笑った。

「ナラタージュ」島本理生著(角川書店) ISBN:404873590X

結婚を間近に控えた女性が、フィアンセの言葉でふと心を引き戻される、はたちのころの切ない恋。

数多く発表されているブログ書評を読んでいると、こういう「恋愛小説は苦手」という声もあるようだけれど、私としては案外よかった。
確かに全編恋愛がテーマ。あんまり出口のない展開で、劇的な駆け引きやすれ違いも仕掛けられていない。だから主人公に感情移入したり、読み終わってから友人同士で「男と女、どっちがずるい」などと論争して盛り上がったり、といった手応えは薄いかもしれない。けれども、描かれる日常のシーンが、静かなヨーロッパ映画のように印象的で、引っかかりも無くするすると読み進むことができる。
主人公である女性の自意識が、さほど毛羽立っていないことが大きいのだろうか。そして、しんと淋しく、心地よい読後感が残った。(2006・3)

「ナラタージュ」島本理生
ナラタージュ 〔島本理生〕
ナラタージュ / 島本理生
ナラタージュ 〔島本理生〕

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April 11, 2006

「へんな会社」のつくり方

 小学生同士が野球で遊ぶときに、「生産者と消費者」とか、「上司と部下」とか、「ルールを作る人と守る人」といった非対称な関係はありません。生産者だけが情報を知っていて消費者には知らされない、といったこともありません。(略)
 こういう子どものこころ、遊びのこころを持つことは、インターネットがもたらす変化に対する最大の防御であり、最大の攻撃手段ではないでしょうか。

『「へんな会社」のつくり方』近藤淳也著(翔泳社) ISBN:4798110523

新興IT企業「はてな」の若き創業者が綴ったブログと、インタビューで構成するマネジメントの実像。

「開発合宿」や別の会社との「交換オフィス」など、仕事に刺激を与えるユニークな手法が次々明かされる。注目されるベンチャー経営者というイメージを覆して、語り口の飾り気の無さ、気負いの無さがまず印象的だ。そして、何か芯の通ったもの、タフな思考とでもいうべきものが伝わってくる。
例えば「超オープン経営」。まずサービスを提供してしまう。必ずしも完成度が高くなくても構わない。そしてユーザーからの要望をどしどし受け付け、それを採用して実現する場合も、見送る場合も、どう検討したのか、経過をちくいち公開する。
超オープン経営で会社が必ず成功するかと問われれば、答えは否だ。たぶん、はてなにこの先、逆風が吹くこともあるだろうし、この手法を一般的な消費財のビジネスや、規模の大きい会社にそのまま当てはめることはできない。だが、来るべきネット社会の一面を予感させることだけは確かだ。(2006・3)

「へんな会社」のつくり方
“へん”で有名なITベンチャー。

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April 09, 2006

「ポーの話」

「そうだな。犬じじのいうとおりだ」
 ポーは大きくうなずき、
「じゃあさ、ほんとうのつぐないって、いったいどういうのだろう?」
 真っ赤なたき火の光を受けながら、犬じじはまぶしげに笑った。そして、新たに注いだコップの中身を一気に干した。
「みんなそいつを、一生かけてさがすんじゃないかね。泥のなかをのたくるみたいに」

「ポーの話」いしいしんじ著(新潮社) ISBN:4104363014

街を流れる泥川で、「うなぎ女」に育てられた少年ポー。下流へ、そして海へと続く冒険と成長。

430ページの長編に、猥雑なイメージを満載したファンタジー。いしい作品ではお馴染みのことだけれども、濁流の底や廃棄物処理場の大穴など、ポーがたどる道程は刺激的だ。特に今回は、豪雨シーンなどのスケールの大きさと相まって、明瞭に大人向けと意識される点が画期的なのではないか。
知らずに人を傷つけ、また、はっきりと知りながらも罪を犯してしまう、愚かで欠けたところのある人物が大勢登場する。それはデフォルメされているけれども、多かれ少なかれ誰の記憶のなかにも棲んでいるかつての自分だ。それでも「生きているうちが償い」だから、皆、懸命に生きていく。文字通りに読んでいて息苦しくなるような、切ない終盤を経て、読者は静かで圧倒的な、生命のつながりを見る。決して読みやすい作品ではないかもしれないけれど、胸に残るものは豊かだ。(2006・2)

ポーの話 いしいしんじ
ポーの話〔いしいしんじ〕
「ポーの話」いしいしんじ

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「しみったれ家族」

自分は中流でなくなったと勝手に思いこみ、じゃあ自分は何だと考えたところ、よくわからない。わからないのは自分の名前がないようなものだから、さらに不安になる。じゃあ自分は負け組で、新しい階層社会が始まったと妄想し、自分でラベリングしたくせに、そのせいでさらに落ち込む……。

「しみったれ家族」畸人研究学会著(ミリオン出版・大洋図書) ISBN:4813020208

100円ショップやファミリー居酒屋などで観察した「平成新貧乏」の生態を、雑誌対談形式などで軽く辛辣に綴る。

「プラモデル進化論」(イースト・プレス)などの今柊二と「ダニの生活」(新風舎)などの黒崎犀彦の共著。無理をして郊外に家を持ち、切りつめた生活をしている「張り子のトラ」。食にも住にもメリハリがない、深夜ディスカウントショップ族…。長期不況を背景にしたライフスタイルの分析は一部、景気回復期の現実と合わなくなりつつあるが、底流にある「精神の貧困こそしみったれ」という視点は意外に古びていない。どんな家族であれ、子世代の教育には手を抜かないでほしい、学び続けることこそが明日につながるのだから、という主張は、至極まっとうだ。(2006・1)

[書評]のメルマガ vol.221

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April 08, 2006

「孤宿の人」

「八太郎という子の見た鬼は、本物の鬼だったろうよ。しかし加賀さまとは関わりない」
「なんでそう言い切れるんです?」
「人の目に映る鬼は、その者の目のなかに棲んでおるからだ。だから追い出すのが難しい。追い出してしまうことを良しとばかりも言えぬ。わしら坊主は苦労する」

「孤宿の人」宮部みゆき著(新人物往来社)ISBN:4404032579 ISBN:4404032587

恐ろしい所業で鬼と畏れられた罪人、船井加賀守守利が江戸から流されてきて以来、四国・丸海藩では不幸な出来事が相次ぐ。まるで、鬼にたたられたように。しかし、無垢な心をもつ少女、ほうは加賀のそばに仕えて、その心に触れていく…

上下巻、たっぷり時間をかけて「不吉」の意味を一つ一つ解きほぐしながら、終盤のスペクタクルへと盛り上げていく。いつもながら、粘り強い筆力がさすがだ。

大きな災厄に見舞われたり、思い通りにならない人生に直面したりすると、人は時として筋の通らない理屈にすがってしまう。それが群衆となれば、なおさらのこと。だが、曇りのない強い心を持てば、見えてくる「本当」がある。たとえ、それによってもたらされる結末が、切なく悲しいものであっても…。(2006・1) 

孤宿の人(宮部みゆき)
弧宿の人(上・下) 宮部みゆき 

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