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November 09, 2005

「容疑者Xの献身」

 「アリバイ、ですか。でも、そんなのはありませんけど」
 「だから、これから作るんです」石神は死体から脱がせたジャンパーを羽織った。「私を信用してください。私の論理的思考に任せてください」

「容疑者Xの献身」東野圭吾著(文藝春秋)ISBN:4163238603

思いがけず元夫を手にかけた花岡母娘のため、無名の天才数学教師、石神はそのたぐいまれな頭脳を駆使して、完全犯罪を試みる。疑惑を抱いた旧友の物理学者、湯川学との、息詰まる頭脳戦。
「うまい」と唸るしかない。小さな種明かしに気をとられているうちに、ぐいぐいと最後まで引っ張られてしまう。理系の作家らしく、緻密に組み立てられた伏線も巧妙(例えば最初に湯川が石神の写真を見せるシーンとか)。トリックはなんとも地味で、安易な映像化を拒んでいるのではと思えるほどだ。しかも多くの東野ファンが指摘しているように、この地味なトリックが実は、緻密に人間ドラマとからんでいて、泣かせる。
もちろん犯人像には賛否両論ある。楽しんで読める設定ではないだろう。それでもなお、「歯車」の不条理と、唐突なラストが指し示す「生きる意味」は切ない。賞レースの予想から装丁の問題まで、話題がつきない一作。(2005・11)

「このミステリーがすごい!」(宝島社)「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)「週刊文春ミステリーベスト10」で三冠。第134回直木賞受賞。

容疑者Xの献身
容疑者Xの献身
東野圭吾「容疑者Xの献身」
容疑者Xの献身 東野圭吾
容疑者Xの献身

November 06, 2005

「下流社会」

 団塊ジュニアは、郊外育ちが大量化した世代である。彼らにとっては郊外が故郷なのだ。
 しかしそうなると、地方から東京に出て、いっちょ頑張ってやろうという気力は不要になる。郊外ならすぐ都心に出てこられるじゃないかと思うかもしれないが、小中学校がずっと郊外の公立だと、大学生になってようやく都心に出たという者は少なくない。それどころか、大学も郊外に移転しているので、大学生になっても都心にあまりでない者も珍しくない。(略)こうして、いわゆるジモティが誕生する。ジモティは、郊外という「村」で気楽に過ごしたいという価値観の若者であると言える。

「下流社会―新たな階層集団の出現」三浦展著(光文社新書)ISBN:4334033210

団塊論や「郊外社会学」で知られるマーケティングアナリストが分析する、階層社会の実相。
階層論はここ数年、経済的な格差の有無や、その格差の固定化、固定化を生む教育格差の有無、といった風に進んできたように思う。そして最近、実際の格差というよりも、格差を是認してしまう気分、つまりは希望の格差が話題にのぼるようになった。著者は、生まれながらに豊かだった世代で、働く意欲や学ぶ意欲が衰退するのは当然だとしたうえで、それでもハードに頑張る人と、そうでもない人とを分けるものは何なのか、を独自の調査をもとに考察していく。
書名のネーミングはちょっとあざといし、そもそも階層が階層を生むという論理には出口の無さがつきまとってしまう。しかし今、目をそらすことができないテーマの一つであるのは間違いない。何より、この本がヒットしているという現実が、時代の空気を映している気がしてならない。(2005・11)

『下流社会 新たな階層集団の出現』 三浦展著 光文社新書 780円+税

November 03, 2005

「九代正蔵襲名 」

一番辛かったのは、出逢ったときのこぶ平の冷ややかな目だった。
「お前のオヤジと約束した」とは言えない。
尊敬する小三治さんが、ある時、「こぶ平はいいです」と僕に言った。
たしかにこぶ平は良くなっていた。でも、三平との約束は「誉めない」なのだ。

「九代正蔵襲名 」林家正蔵著(近代映画社)ISBN:4764820331

2005年春に大名跡を襲名した九代正蔵の、インタビューとエッセイ。
ゆかりの人々のはなむけの言葉に、一人の花のある芸人と、伝統の芸を盛りたてようとする気概が満ちている。特に泣かせるのが永六輔。父、三平から生前「こぶ平を絶対に誉めないでくれ」と頼まれ、律儀に約束を守ってきたが、「……正蔵なら誉めてもいいのだろうか。」。精進の人、正蔵。今は子どもの表現がチャーミングだと思うけれど、中野翠が書くように、人の世の暗さも描けるのだと思うと楽しみだ。披露目の手拭いのデザイン解説や、歴代正蔵伝の寄稿なども楽しい。(2005・11)

志ん生さんと志ん朝さん

「阿片王」

日本の高度経済成長のグランドデザインは、かつての満州国を下敷きにしてなされたような気がする。時の総理大臣として、高度経済成長に向け号砲を打ったのは、将来の総理大臣を嘱望される阿部晋三の祖父の岸信介である。その岸が産業部次長として満州に赴任し、満州開発五カ年計画を立て満州国の経済政策の背骨をつくって、後に「満州国は私の作品」と述べたのはあまりにも有名である。

「阿片王―満州の夜と霧」佐野眞一著(新潮社) ISBN:4104369039

満州立国の謀略に関わり、裏社会と渡り合ってアヘン取引で巨額の資金を捻出した怪人、里見甫の人脈を、関係者遺族への聞き取りや幾多の回顧録を駆使してたどる。
小説「かわうその祭り」のモチーフともなっていた満映や阿片。共同通信、電通のルーツなど、戦後日本の構築につながる満州の役割が縦横に語られ、興味深い。もっとも対象の闇が深すぎるのか、400ページを超す長編をもってしても、この人造国家の構造や意味は、なかなか明らかにはならない。むしろ、里見周辺の無名の人物が戦後たどった運命の虚しさ、わびしさが印象に残る。(2005・11)

満州の深い闇~「阿片王」に描かれたもの

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