「明日の記憶」
ポケットの中に詰め込んでいた大量の紙切れが路上に散乱した。一昨日の会議の結果、昨日の連絡事項、今日すべきこと、会う人、時間、場所。あらゆることを書き記したメモだ。あわててしゃがみこみ、そのレポート用紙やコピー用紙や会議資料の切れはしを拾い上げる。自分の脳味噌をかき集めるように。
「明日の記憶」荻原浩著(光文社)ISBN:4334924468
広告会社の営業部長。もうすぐ娘が結婚する。ごく普通の幸せを生きていた主人公を襲ったのは、若年性アルツハイマー。
「自分もひょっとしたら」と思わせるアルツハイマーチェックのシーンが話題。アルツハイマーと言えば、倍賞美津子の演技が感動的だった松井久子監督の映画「ユキエ」(1997年)を思い出す。スロー・グッバイ。認知症(痴呆)という病いは、愛する人、そして自分自身との緩やかな別離だ。別れたくないのに別れなければならない。一つ一つのエピソードで丹念に描かれるそんな焦燥感が、なんともリアルで切ない。現実は静かに、自分という存在を裏切り続ける。そして迎えた寂寥の朝に、主人公は、そして読者は、決して、すべてを失うわけではないことを知る。山本周五郎賞受賞。(2005/3)
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