「停電の夜に」
サリーをまとい、額に赤丸をつけて、じゃらじゃら腕輪をはめている女を見たことがないのだろうか。文句をつけるとしたら何に対してか。サリーの裾にこすられたとはいえ、いまだ足に消え残っている赤い染料は見えているだろうか。
ようやくミセス・クロフトが言いたいことを口にした。疑わしさとうれしさを等量に込めた、あの口調だった。
「完璧。いい人を見つけたね!」
「停電の夜に」ジュンパ・ヒラリ著(新潮文庫)ISBN:4102142118
インド系ピュリツァー作家の出世作短編集。
インド系米国人が主役の作品と、インドの住民のものとがあるが、共通した、普遍的な味わいがある。人生は苦い。どんなに近くにいて、どんなに長く共に時を過ごしても、人と人は必ずしもわかりあえない。だからこそ日常の、温かい偶然が心の隅を強く照らす。O・ヘンリー賞ほか受賞。小川高義訳。(2005/1)