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March 28, 2004

「異端の数ゼロ」

ギリシア人は、ゼロがどんなに便利かを知っていても、ゼロを嫌悪するあまり、数の表記にゼロを用いるのを拒んだ。その理由とは、ゼロは危険だということだった。

「異端の数ゼロ」チャールズ・サイフェ著、林大訳(早川書房)ISBN:415208524X

誤って使えば「チャーチルは人参だ」と証明できてしまう。それが無と無限をはらむゼロの概念の恐ろしさだ。著者はイェール大で数学の修士号をとったサイエンス・ライターで、ピュタゴラスからアインシュタインまで登場人物は科学史のオールスターキャスト。しかし話は科学にとどまらず宗教、哲学など多岐にわたる。ゼロの物語はすなわち、人が宇宙のなりたちをどう理解してきたかという知の遍歴だからだ。
素養が全くないために、正直にいうと後段三分の一ぐらいはよく理解できない。理解できないものを面白がるのは邪道だけれど、一つ一つの例えは印象的だ。黄金比は弦の美しいハーモニーであり、20世紀にオランダの物理学者がみつけた素粒子波はギターの音色になぞらえられる。(2004/3)

異端の数ゼロ 読書夜話blog

「ワンダフル・ライフ」

ホモ・サピエンスは、恐ろしいことに、広大な宇宙のなかの”そのようなささいなこと”であり、偶発性という領域のなかで起こったとてもありそうにない進化の一事件である。

「ワンダフル・ライフ」スティーブン・ジェイ・グールド著、渡辺政隆訳(ハヤカワ文庫)ISBN:4150502366

1909年、カナダのブリティッシュ・コロンビア州で5億年前の化石小動物群が発見された。奇妙奇天烈な生き物たちは、既存の分類体系のどこにも収まらず、やがて生物進化論に全面的な見直しを迫ることとなる。
進化生物学の研究者で科学読み物の名手である著者が化石発見と解釈の経緯をたどる。権威と現場主義がぶつかり合う緊迫の人間ドラマだ。
それにも増して驚きなのは、次から次へと登場する不思議な形態の生き物の図版。エビのしっぽ、ぺちゃんこのナマコ、真ん中に穴が開いているクラゲが合体したアノマロカリスなどなど。「バージェス頁岩」は「カンブリア紀の大爆発」と呼ばれる多種多様な生物が生きた時代の一大パノラマなのだ。
研究が進めば、グールドがつづった言説も古びていく。それでも570ページを貫く、歴史と生命に関する想像の翼の魅力は色あせない。(2000/6)

blog-ru: ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

「マリ、私、空気になりたい」「……」「誰にも気付かれない、見えない存在になりたい」

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里著(角川書店)ISBN:4048836811

1960年、プラハのソビエト学校に通った小学生のマリ。50カ国以上から生徒、教師が集う刺激的な学園生活。そして30年後、級友のリッツァ、アーニャ、ヤスミンカの消息を訪ねると…
プラハの春、チャウシェスク政権の崩壊、ユーゴ戦争。幼かった少女たちが、やがて巻き込まれた歴史のうねりのなんと過酷なことか。アイデンティティの危機に直面しつつ、それぞれに生きのびようともがく姿を劇的に描く。
著者はロシア語通訳であると同時に、軽妙なエッセーの名手として名高い。その背骨に厳しいまでの誠実さがあることに気づかされて、印象的だ。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。(2001/9)

Moderato...: 「魔女の1ダース」米原万里
米原万里 - 書評Wiki

「子宮癌のおかげです」

「ガンって留学生をホームステイさせてるようなもんなのね」と私。「可愛がっとけよ、すぐに出ていく人だからな」「「ペット・ネームつけてやろうかな」「いいかもしれない」「子袋宮癌子さまなんてどう?」

「子宮癌のおかげです」渥美雅子著(工作舎)ISBN:487502374X

著名女性弁護士が告知から術後までの57日間を赤裸々につづった。全摘の決断は素早く、夫との会話は漫才のような掛け合いで、ひたすら前向き、ひたすら明るい。それは同病の、あるいは様々な病に悩むすべての人に向けた応援歌だからだ。
明るいからこそ、命の重さをかみしめるラストシーンが胸に響く。手術の概要からリハビリの体操まで、イラストを使った実用的な解説付き。(2004/1)

「越境人たち 六月の祭り」

僕のように日本で生まれ育ったコリアンは体の真ん中にいわば、ミシン目が縦に入った存在なのかもしれない。(略)ちょっとした外力を加えるだけで、たやすくふたつに切り裂かれてしまう。

「越境人たち 六月の祭り」姜誠(カン・ソン)著(集英社)ISBN:4087813037

2002年6月、日韓が共催したサッカーのワールド杯。世界中から大勢訪れるファンを手助けして、この歴史的イベントに貢献したい。在日コリアンでルポタライターの著者は定住外国人たちによるボランティアを立ち上げる。
トラブル続きの道のりは、実はそれほど感動的ではない。登場人物の生き様をえぐるようなエピソードはないし、目の覚める逆転劇もない。だからこそ国境を越えて生きる悩みと希望が、じんと心に残る。開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。(2003/12)

coyote note: 越境人たち 六月の祭り

「狂食の時代」

あたり一面が死の世界だ。岩や海草のあいだを泳いでいく小魚一匹見あたらない。第一、その海草がない。海底をおおっているのは、海草ではなくて厚く積もった黒い泥だった。

「狂食の時代」ジョン・ハンフリース著、永井喜久子、西尾ゆう子訳(講談社)ISBN:406211156X

BBCラジオでキャスターを務めるベテランのジャーナリストがリポートする食の崩壊。
著者はウエールズに農場を持つ実践派だ。取材では養殖魚の危険を証明しようと、病気発生で使われなくなったゲージ跡の海底に自ら潜ることさえする。その体験が、様々な「沈黙の春」に迫力を与えている。特に抗生物質投与による耐性菌問題の指摘は先駆的。(2002/4)

「ホット・ゾーン」

エボラ・スーダン・ウイルスがなぜ消滅したのか、考えられる理由はほかにもある。それはあまりに獰猛すぎたのだ。最初にとりついた宿主を殺すのに急で、ほかの宿主に乗り移る暇がなかったのである。

「ホット・ゾーン」リチャード・プレストン著、高見浩訳(飛鳥新社)ISBN:4870311992 ISBN:487031200X

最悪のウィルス、エボラが89年、ワシントン近郊に突如出現。その制圧作戦を克明に描くノンフィクション。
とにかく怖い。「検疫官」(小林照幸著、角川書店)でも感染現場の描写が衝撃的だったが、熱帯雨林の復讐という言葉が胸に迫る。
だがそれよりも印象的なのは、ウイルスは決して超現実的な「たたり」ではないということだ。アフリカ・キタム洞窟に至る本書の記述をたどれば、「彼ら」もまた、この星の住人なのだと思い知らされる。小学館文庫収録。(1995/6)

「大破局(フィアスコ)」

年ごとに、顧客ごとに、取引ごとに、由緒あるハウス・オブ・モルガンはトランプで組み立てた危うい家を建て続けた。

「大破局(フィアスコ)」フランク・パートノイ著、森下賢一訳(徳間書店)ISBN:4198608156

名門証券会社、モルガン・スタンレーの元社員が90年代に実体験したデリバティブ(金融派生商品)開発と営業の内幕を記述。
コンピューターを駆使した複雑な商品のまやかしを種明かしする。カモとなる投資家だけでなく、知力と体力あるエリート証券マンも、何かおかしいと知りながら熱狂に巻き込まれてしまう。繰り返される富のゲームの愚かさがリアルだ。(1998/8)

「暗号解読」

チューリングは一度母親に、軍関係の研究をしているとだけ話したことがあった。それを聞かされた母親は、政府の仕事をしているというのに、相変わらず身なりに無頓着で髪もぼさぼさな息子にがっかりしただけだった。

「暗号解読」サイモン・シン著、青木薫訳(新潮社)ISBN:4105393022

紀元前5世紀。ペルシャの専制君主にギリシャが征服されずにすんだのは「秘密の書記法」のおかげだった…。
古今東西、暗号の変遷をひもとく一冊。歴史がいかに情報に左右されるか、その事実もさることながら、陰の存在であるが故に暗号に翻弄されるかのような人々の運命が興味深い。なんとコンピューター理論の父、チューリングもその一人だ。(2001/10)

はいぱぁあくてぃぶ沈没日誌: 暗号解読

「井上ひさし伝」

むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに

「井上ひさし伝」桐原良光著(白水社)ISBN:4560049378

文壇記者27年の著者が描く「言葉の鬼」のできるまで。
孤児の少年時代、浅草のフランス座、そしてテレビの曙、どのエピソードも興味深い。なかでも「こまつ座」誕生の頃に考えたという「呪文のように長い標語」は、文章を書くすべての人の目標であると思う。(2001/10)

永遠のセルマ・リッター: 自家製文章読本 井上ひさし 新潮文庫

「二列目の人生 隠れた異才たち」

朝三時に起床、原稿を書く。八時に終わって、定刻出社。夜八時、就床。「意志の強い人でした。この点、明治人間ですよ」

「二列目の人生 隠れた異才たち」池内紀著(晶文社)ISBN:4794965664

学者、画家、料理人…。伝記エッセイで、第一人者の陰にかくれた16人に光をあてた。
例えば秦豊吉。帝劇社長などを歴任し、昭和8年にテレビの興隆を予見していた才人。一方でエリート商社マン時代にベルリン滞在の経験を持ち、退廃の色濃い著作を残した。軍国に向かう世相に反したその美意識を、著者は鴎外と重ねる。
実際に近くにいたら、少し辟易とするような異才たちの情熱。名声とはまた別の価値が、宝物のように胸に残る。(2003/6)

香水-ある人殺しの物語

ゆらゆらでい: キルロイ&キュゼラークが来たぞ

「東京コンフィデンシャル」

当然日本語の字幕はなく、意味がわからないまま画面を見ていましたね。カラーです

「東京コンフィデンシャル」高瀬毅著(えい出版社)ISBN:4870998815

東京の様々な顔をテーマにしたルポルタージュ。神保町の項では戦時下、敵国アメリカの「風と共に去りぬ」を東大の教室で観た、というカフェのママさんの証言が登場する。
ほかにも五日市で「起草」された憲法や、武蔵野にあった国鉄スワローズの球場や、著者が発掘する東京の様々な顔は意外感いっぱいだ。少し突き放した筆致が、かえって暖かみを帯びている。(2003/10)

「号泣する準備はできていた」

私は独身女のように自由で、既婚女のように孤独だ。もう一度、そう考えた。冷蔵庫から水をだして飲み、ガラスのテーブルに足をのせた。

「号泣する準備はできていた」江國香織著(新潮社)ISBN:4103808063

表題作ほか、恋や破局や青春の思い出を綴った12の短編集。
ディンクス、長期海外出張、フランス人との不倫。登場する女性たちの私生活は優雅だ。だから途中までは、彼女たちの悩みや空しさがとても贅沢に思えて少しいらだつ。
だが読み進むうちに、潔さのようなものが心地よくなってくる。何も解決せず、どの物語もポンと投げ出すように終わる。説明なし。「冷静と情熱のあいだ―Rosso」(角川文庫)で、辻仁成と比べ寡黙でストイックに感じたことを思い出す。直木賞受賞。(2004/3)

M's BookShelf

「博士の愛した数式」

「いいや、ここにあるよ」彼は自分の胸を指差した。「とても遠慮深い数字だからね、目に付く所には姿を現わさないけれど、ちゃんと我々の心の中にあって、その小さな両手で世界を支えているのだ」

「博士の愛した数式」小川洋子著(新潮社)ISBN:410401303X

1992年3月、家政婦の私は64歳の数学者の家に通い始める。不運な事故の後遺症で、彼の記憶は80分しかもたない。やがて私の10歳の息子、ルートを交え3人の交流が始まる。
博士は毎朝、見慣れない自分と向き合うという過酷な運命を背負い、世捨て人のようにして生きている。けれども数学について語る言葉は美しい。虚数、友愛数、完全数…。
靴のサイズにも江夏の背番号にも、美がある。そのことを受け止める気持ちがあれば。記憶の消滅に負けない、一瞬の愛情を確信させる一編。ちょっとぶっきらぼうな「私」の語り口が心地よく、6月2日、タイガース戦観戦の高揚も印象的。読売文学賞小説賞、本屋大賞受賞。(2004/2)

chez sugi: 小川洋子『密やかな結晶』

Love Books: 2004年本屋大賞決まる!

トラックバックで読書三昧:博士の愛した数式

ゆずろぐ

「本格小説」

音楽が鳴り始めたせいか沈黙があった。何だかずいぶんと贅沢な沈黙であった。時代がかった沈黙でもあった。ピアノの音が流れ、白いレースのカーテンを通して天井の高い部屋に夏の光と夏の風が入ってくる。

「本格小説」水村美苗著(新潮社)ISBN:410407702X ISBN:4104077038 

戦後日本の一族の運命と悲恋を描く長編。ある夜、女流小説家は偶然に奇跡の物語と出会う。軽井沢の洋館にはじまり階級と国境を超えて息づく恋の物語。
2002年はなぜか長編をよく読んだ。「海辺のカフカ」(村上春樹著)「晴子情歌」(高村薫著)…。どれもなぜか新潮社。
そして最も物語を楽しんだのはこの一冊だったかもしれない。崩れゆく家と時代の呼応、そして平易な言葉でこの上なく豊かに雰囲気と情念を描く。語り手を替えながら思い出を紡ぐ、そのやや複雑な構成が巧妙に読む人を引き込む。(2002/12)

なまけもの読書録: 辻邦生・水村美苗「手紙、栞を添えて」 ★★★★★

「骨董市で家を買う」

古民家といえば、なんたって土間よ。土間といえば古民家よ。だから、土間から板敷きの玄関ホールにあがるようにしたいの

「骨董市で家を買う」服部真澄著(中公文庫)ISBN:4122037697

副題はハットリ邸古民家新築プロジェクト。1961年生まれのミステリー作家が福井の廃屋に惚れ込み、東京下町に移築するまでの奮闘記。
実体験をつづったノンフィクションとあるが、夫の視点から著者の言動を眺める形をとっており、その意味ではフィクションとして楽しめる。達者な筆運びで、工期遅れや予算など具体的かつ切実な悩みを軽妙に語られ、読み進むうちに家について考えさせられる。そうまでして、なぜ土間にこだわるのか? 職人が「この前は大学の資料館かなにかを塗った」と言うほど都会では珍しくなってしまった漆喰壁を選ぶのか? 
家造りについては「建てどき」(藤原和博著、情報センター出版局)がヒント満載で読み応えがあるが、ハットリ邸の場合は何だかお呼ばれしたくなる一冊といえそうだ。(2002/8)

骨董市で家を買う―ハットリ邸古民家新築プロジェクト

「葉桜の季節に君を想うということ」

そうだ、俺は脱いだらすごいのだ。セックスのためだけに鍛えていると思ったら大間違いだ。FUCK YOU! 

「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午著(文藝春秋)ISBN:4163217207

元探偵の成瀬将虎はいま「何でもやってやろう屋」を任じている。ふとしたきっかけで悪徳商法らしき蓬莱倶楽部の正体を探ることになり…。
ものの見事にだまされた。恋あり格闘あり、主人公は「初秋」( ロバート・B・パーカー著、菊池光訳、ハヤカワ・ノヴェルズ)の探偵スペンサーと見まがうようなマッチョぶり。少々辟易としたころ、全412ページの残り50ページに豪快などんでん返しが待っている。「補遺」でもう一度、地団駄。
新本格ブームとやらがどんなものなのか、勉強不足で全くわかっていないながら、難しいことは考えず、力わざの鮮やかさを堪能できる一作だと思う。2004年「このミステリーがすごい!」第1位。日本推理作家協会賞受賞。(2004/1)

KOROPPYの本棚: 『葉桜の季節に君を想うということ』 歌野晶午

トラックバックで読書三昧

「プラネタリウムのふたご」

もし、泣いている誰かがきみの前にいたとすれば、ぼくは、そのひとの目からきみを見ている。かすかに光る水滴のなかで、きみがその相手になにかはなしかけるのを、じっと待っている。

「プラネタリウムのふたご」いしいしんじ著(講談社)ISBN:4062118262

もや深く星の見えない村のプラネタリウムで見つかった双子の赤ん坊。彗星にちなんでテンペル、タットルと名付けられた。長じて一人は天才手品師、もう一人は星の神話の語り部になる。この男の子たちの数奇な運命とは。
書店でサイン本をみつけて、大事にしようと買ったのに、やっぱりお風呂に持ち込んでしまいました。ごめんなさい。でもそれくらいに、大人が夢中で読んで、気持ちよく泣いてしまう一冊です。主人公は二人だから、冒険談も二人分。しかも子供だましのファンタジーは一切ありません。「魔女」や「うみがめ」ら、あくが強くてこの上なく優しい登場人物たち、ちょっと猥雑な挿話と悲しい出来事。ますますアービングを思わせるといったら見当違いでしょうか。しかも重要なキーワードは「熊」!(2004/1)

読書日和: 「絵描きの植田さん」いしいしんじ著読了

「影踏み」

双子の片割れではない、たった一人の人間になった。望み通りに。だが。一人…。それは、自分の影を失うということだった。

「影踏み」横山秀夫著(祥伝社)ISBN:439663238X

真壁修一34歳、仕事は「ノビ師」。空き巣と違って夜間、人の寝ている家に忍び込むことを専門とする腕利きの窃盗だ。出所後も仕事を続ける彼が、地方都市の小さな裏社会で様々な事件に遭遇する。
主人公は反社会的な存在だけれど、自分でも望まないまま事件解決に一役かってしまう。「三分で済ませろ」。妙な人間に話かけられると、クールにこう言い放つけれど、結局話をきいてやる。複雑な人間性の背景には、15年前死んだ双子の弟のことがある。
タッチは違うと思いますが、ハードボイルドの名作「さむけ」(ロス・マクドナルド著、小笠原豊樹訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)を思わせる一作ではないだろうか。(2003/12)

あらまの日々: 「影踏み」 横山 秀夫

「誰か」

わたしたちはみんなそうじゃないか?自分で知っているだけでは足りない。だから、人は一人では生きていけない。どうしようもないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ。

「誰か」宮部みゆき著(実業之日本社)ISBN:4334076173 

三郎はある企業グループの社内報編集者。会長の運転手がある日、自転車にはねられ不慮の死を遂げる。「彼の思い出を本にまとめ、事故の真相解明に役立ててほしい」。実力財界人で、舅にもあたる会長に命じられては嫌とはいえない。三郎は初老の運転手の歩んだ道をたどり始めるが…。
「お帰りなさい」といいたい、著者2年ぶりの現代ミステリー。自転車が加害者になる交通事故という素材選びは、いつものようにタイムリーだ。人物それぞれの思いを丁寧に書き込む達者な筆運びもさすが。一方で謎解きの中核で、圧倒的な共感を期待すると肩すかしを食う。それよりも三郎と舅の、ちょっと「大穴」(ディック・フランシス著、ハヤカワ・ミステリ文庫)を思わせる大人の人間関係が味わい深い。現代世話物とでも呼びたいような新しい展開を感じさせる一作。(2003/11)

宮部みゆき―レベル7―

「片想い」

「礼なんかよりも、私に言うことがあるんじゃないんですか。それとも、死ぬまで私をその世界に入れてくださらないのですか」どういう世界だと訊く彼に、彼女は答える。「男の世界とかいうところです」

片想い」東野圭吾著(文藝春秋)ISBN:4163198806

スポーツライター、哲朗は再会した元アメフト部のマネージャー、美月から殺人の告白を受ける。彼女を逃がすことができるか…。
テーマである性同一性障害については医師が著した「性の署名」(マネー、タッカー著、朝山新一訳、人文書院)が詳しい。所与のものと思われる性別も、実はあやふやなもの。この小説はそれを題材に、人と人がわかりあうことの難しさ、深い孤独を描き出して切ない。
本格推理も活劇もSFもこなす筆者の巧さが光る長編。サービス精神を評価してほとんどの著作を読んでいるけれど、これがベストではないか。(2001/5)

KITORA's Blog: 「パラレルワールド・ラブストーリー」読了

My Recommend Books ! | 『片想い』 東野 圭吾 文芸春秋(うさぎ)#sequel

「レディ・ジョーカー」

いや。もしも、この自分さえ戻らなければ。城山は、頭上に張り出している裸の木の枝を見上げ、突然耐えがたいほどに心臓が波打ち始める中で、おまえは死ぬのか、と自問した。

「レディ・ジョーカー」高村薫著(毎日新聞社) ISBN:4620105791  ISBN:4620105805

大手ビール会社の社長誘拐と商品への薬物混入。前代未聞、劇場型の企業テロはなぜ引き起こされなければならなかったか。1984~1985年に発生、2000年に時効となったグリコ・森永事件を題材に戦後日本の業をえぐった名作。
登場人物それぞれの心理、特に企業人の心理を克明に描き、その重層の向こうに社会の闇を浮かび上がらせる。闇をのぞいてしまった個人は深い諦観を抱くしかないのか…。小柄で誠実な作家の志は高い。毎日出版文化賞を受賞。2005年に映画化。(1998/1)

黄金を抱いて翔べ:高村薫

BOOの本棚より--: --別冊宝島  高村薫の本--

トラックバックで読書三昧

「GO」

いまや僕の目の前には無数の選択肢があった。そのことに気づいていた。僕はまたきっぱりと答えた。「広い世界を見るんだ」オヤジは困ったような嬉しいような複雑な笑みを浮かべながら、「好きにしろ」と言った。

「GO」金城一紀著(講談社)ISBN:4062100541

日本生まれの在日高校生、杉原はパーティーで出会った女の子、桜井と恋に落ちる。彼女の髪は「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグみたいだった…。
68年生まれの著者の初の書き下ろし長編にして青春小説の傑作。知的で軽快で、とにかく格好いい。「ぼくは勉強ができない」(山田詠美著、新潮文庫)と並んですべての中学校で夏休みの課題図書にするべき。直木賞受賞。(2000/8)

聞くことは、創ることでもある: 書籍・雑誌 バックナンバー

「麦ふみクーツェ」

クーツェは足ぶみにあわせうたうようにつぶやく。ーーいるといないとは、距離のもんだい。とん、たたん、とん

「麦ふみクーツェ」いしいしんじ著(理論社)ISBN:4652077165

66年生まれの著者の才気を実感した作品。ティンパニストの祖父、数学者の父と暮らすぼくは、いつもまにか屋根裏に住むこびとクーツェと話すようになる。
子供も大人も楽しく読める、良くできたエピソードでぐいぐいと引っ張って、人生の喜悲劇を描ききり、最後に「参った」と思わせる。坪田譲治文学賞受賞。(2002/9)

『麦ふみクーツェ』 いしいしんじ

「王妃の離婚」

「美しさの他に、男が女になにを愛するというのか。あなたは、そう拙僧に問いました」「……」「お答えします。男が愛してやまないものは、強い女が見せてしまう、どうしようもない弱さなのです」

「王妃の離婚」佐藤賢一著(集英社文庫)ISBN:4087474437

1498年、フランス王ルイ12世の離婚裁判。「醜女」と呼ばれ圧倒的に不利な王妃の弁護に、敏腕フランソワが立ち上がる。権力への反骨、知識人の自負、そして苦い恋の思い出を胸に秘めて…。
ヨーロッパ史のエピソードはもちろん、法廷の内外のサスペンス、なんとも下世話な男女の駆け引きなど、読みどころは盛りだくさん。途中ではその饒舌にちょっと辟易するのだけど、読後感は意外に爽やか。格好悪い現実にもがく登場人物たちがなんとも魅力的だからだろう。1999年直木賞を受けた秀逸エンターテインメント。(2003/11)

Zibaldone: 近頃読んだ本
「王妃の離婚」佐藤賢一 / 男が愛に気づくとき

「動機」

上司にも目をかけられ、同期の中でも頭一つ抜け出している自負が合った。そんな頃だった、あの女とばったり出くわしたのは。夏……。あの年の夏も暑かった。

「動機」横山秀夫著(文春文庫)ISBN:4167659026

日本推理作家協会賞受賞の表題作を含む読み応えある短編集。中でも「逆転の夏」が印象的だ。主人公は元服役囚で、刑事や新聞記者であることが多いこの作家としては異色。
別れた妻への送金を生き甲斐に、過去を隠して暮らしている。そんな彼のもとへ、ある夏の夜、匿名の電話がかかる。用件はなんと殺人の依頼…。緻密な構成のサスペンスであると同時に、罪を犯す者、被害にあう者、後に残される者、それぞれの心の奥を分厚く描き、まるで長編小説のようだ。親子の情に、一筋の希望が宿る。(2003/11)

KITORA's Blog: 「動機」読了

「航路」

あれがどこなのかわかる。わたしは知っている。そう思ったとき、あの恐怖感がもどってきた。これまでよりも強く。

「航路」コニー・ウィルス著、大森望訳(ソニー・マガジンズ)ISBN:4789724387 ISBN:4789724395 

冬のデンヴァー。大病院に勤める認知心理学者、ジョアンナは神経内科医のリチャードと組んで、「疑似臨死体験」という実験に挑む。目標は、人が死の直前に見るものを科学的に解明すること。

800ページになんなんとする長編で、容易に謎は解明されない。しかし、それは決してオカルトではないこのストーリーに、必要な長さなのだろう。生命の力とは、つまるところ何なのか。生き生きした会話と細部の積み重ねがあるから、怒濤のクライマックスで登場人物の「強さ」を信頼することができる。(2003/5)

|航路(下)   darjeeling and book

航路  りつこの読書メモ

「トリツカレ男」

両手でもってまんなかをさくと、綿菓子みたいな湯気が上がるの。あの湯気ほどのごちそうはほかにないね、って

「トリツカレ男」いしいしんじ著(ビリケン出版)ISBN:4939029166

ジュゼッペは「トリツカレ男」。楽器でも収集でも、何かを始めるとケタ外れに熱中してしまうことで近所でも有名だ。そのジュゼッペが、恋をした。ひと目で、ものの見事にとりつかれちまったお相手はペチカ。パン屋になるのを夢見る女のこだ。人々に暖かい幸せを与えるパン屋。でも心に様々な悲しみを秘めていて…。
勝手に私が日本のジョン・アーヴィングと呼んでいる著者が恋物語をつむぐ。あまりにも一途で、とても切ない。(2003/7)

「クライマーズ・ハイ」

そして、なにより、佐山の目が悠木を驚かせた。ゾッとするほど暗く、憂いに満ちた瞳だった。

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫著(文藝春秋)ISBN:4163220909

1985年8月12日、東京-大阪123便。日航機事故に直面した地方紙社会部デスク、悠木の一週間を描く。凄惨な現場を取材する佐山ら記者たち。報道とは何か、家族とは…。
この歴史に残る大惨事をテーマにした小説は他にも、「沈まぬ太陽」(山崎豊子著、新潮文庫)などもある。あまりにも事実が圧倒的で、容易には消化できないであろうところを、それでも書かずにいられないという気迫がにじむ。そういう思いも含めて、個人的には2003年度ナンバーワン。
この作家は、追いつめられた時、人がぎりぎり譲れない一線とはなにか、どうしても捨てられない大切なものとは何か、ということを考え続けているのではないだろうか。(2003/8)

Earthnut.net: book Archives

「死都日本」

スサノオが泣き喚くと山が枯れ、川が乾き、海が干上がり、万の災いが世に満ちた

「死都日本」石黒耀著(講談社)ISBN:406211366X

現役の医師が、個人的関心に突き動かされて書いた前代未聞の「噴火小説」。
想像を絶する自然の猛威は、とにかく怖い。次から次へ襲いかかる厄災の迫力で、500ページを一気に読ませる。危機対応のサスペンスとしても読めるが、随所にちりばめられた火山を巡る文化的考察も相当に興味深い。古事記は噴火災害を警告した書だという説も登場。ニッポンに住むすべての人にとって、火山が決して遠い存在でないと思わせる。(2003/9)

ホラーじゃなかったのね『死都日本』

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